シンデレラの網膜記憶~魔法都市香港にようこそ
「なるほどね…あれっ…今ので始まっちゃったんですか…」

 無心に食べ始めているエラを見ながら、呆れ顔のタイセイ。

「ねえミス・エライザ。いくらスタートの合図があったとは言え、早食い競争じゃないんだから…お話ししながらゆっくり食べてもいいんじゃないですか」
「じゃあ…ストップ」
「いや、そういうことじゃなくて…えっもう交換ですか?」
「約束したじゃないですか」
「でも…まだ自分は何も食べてなくて…」
「安心してくださいドクター。ストップは何度でもかけますから、またビーフは帰ってきますって…」

 嬉々としてお皿を交換するエラ。

「だから…自分が言いたいことは、そういうことじゃなくて…」
「わぁ、このビーフおいしい。こんな柔らかいお肉、食べたことないわ。ドクターも食べてごらんなさい」

 エラは小さなお肉をフォークにさしてタイセイの口元に差し出した。

「えっ、いいですよ…お皿が返ってきた時に食べますから…」
「ほら、早く」

 エラは全く人の話を聞いていない。なのになぜ腹が立たないのか。タイセイは不思議に思いながら、エラの差し出す肉を口の中に入れた。


「どう?本当においしいでしょう」

 そう問いかけるエラの瞳は、ともに食事する楽しさにクリクリと輝いていた。
 タイセイは今まで、誰かとともに食事をすることとは、同じテーブルでそれぞれの食事を味わうことであると思っていた。しかし、こんな風にテーブルに乗っている食事を分け合って味わうというのも悪くはないなと感じていた。
 実はこれが、はるか昔に味わっていた家族の団らんというものであったのだが、父を早く失った彼は、そんな昔を思い出せず、その温かみを今初めて知ったような気になっていた。

「ミス・エライザ。提案があるんだけど」
「なんです」
「お皿の交換もいいのだけど、持っているフォークにそれぞれのソースが付いてしまって、味が混ざってしまうだろう」
「ええ…でしたら、お皿と一緒にフォークとナイフも交換します?」
「いや…今みたいに…お互い食べさせてあげればいいじゃない」

 言ってしまって、タイセイはすぐに後悔した。
 恋人でも家族でもない女性に、なんて提案を持ち出してしまったのか。自分に下心があるんじゃないかと、警戒されるに決まっている。
 ばつが悪くて目を伏せながらフォークとナイフを忙しく動かした。

「早く」
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