シンデレラの網膜記憶~魔法都市香港にようこそ
「何がうらやましいの?3か月に1回しか行けない私より、毎週のように行けるタイセイの方がよっぽどうらやましいわ」
「僕の場合…観に行く時はほとんどひとりだった」
「友達とか彼女といかなかったの?」
「そんなに友達が多い方じゃなかったし…ましてや彼女なんて…」
「ご両親とは観に行かなかったの」

 夕日も沈みかかる香港の街の空を見上げながら、タイセイはぽつぽつと話し始めた。

「うちは、父も母も医者で…とても忙しい人たちだったから…一緒に行った記憶はないな」

 香港のビル群に沈む夕日を見つめる目が、寂しそうにその最後の光を反射させた。

「…父は遠いところで難しい手術ばかりしていたし、母は患者さんの目ばかり診ていた。それも毎日ね…」

 そう語るタイセイの眼の中に、今度は憤りの閃光が走るのを、エラは見逃さなかった。

「家族を放っておいて、他人の目ばかり診ている母親なんて…。きっと家族を愛することよりも、患者さんから尊敬されることの方が大切だったんだね。結局それで、父を亡くす結果になったのだから、母にとっては自業自得だよ」
「たった一人のお母さんなのに…ひどいこというわね。タイセイらしくない」
「らしくないって…今日会ったエラに、自分のどこがわかるのさ」

 タイセイの言い草に、エラが悲しい瞳で見つめ返してくる。
 タイセイは即座に後悔した。しまった、言い過ぎた…。彼は自分の失言を挽回するかのように、笑顔でエラの手を取った。

「さあ、ここはこれくらいにして、次の場所へ移動しよう。次は、Star Ferry Pier(天星碼頭)だよ」


 今度タイセイがエラを誘ったのは、シンフォニーオブライツ・ハーバー・クルーズ。ふたりは尖沙咀から19:55発のスターフェリーに乗船した。

 シンフォニーオブライツとは、ギネスブックにも世界最大と認定された、港湾の街を背景とした光と音のショーである。このクルーズでは、そのショーを、香港の象徴であるスターフェリーからじっくりパノラマで堪能できる。漆黒の夜空と、ビル群を照らすライトやレーザーの美しい演出は圧巻であり、まるでひとつひとつのビルが生きて歌っているかのようだ。
 エラは、スケッチをすることも忘れ、すっかりこのシンフォニーオブライツの虜になっていた。
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