シンデレラの網膜記憶~魔法都市香港にようこそ
 いきなりのエラの言葉は、タイセイの胸にグサッと刺さった。
 タイセイだって女性を好きになったことはある。ただ、あらためてその女性を『愛していたのか』と問われると、胸を張ってそうだと言える自信もない。

「まってよ。僕だって恋愛経験ぐらいあるよ」
「そうですか…言い過ぎたわ。ごめんなさいね」

 しかし、エラはなんとなくわかるきがした。この人は本当に人を愛することに臆病で、それができなかったのだろう。だから…自分が母から愛されていることもわからないのだと…。

 いきなりエラのスマートフォンのアラームが鳴った。

「いけない」

 あわててスケッチブックを抱えて立ち上がるエラ。

「いきなり、どうしたの」
「終電の時間だわ」

 タイセイが腕時計を見ると、カシオの表示は深夜の0時30分を表示していた。

「遅くまで付き合わせてしまってごめん。タクシーで送っていくよ」

 いや、いつまでもタイセイと一緒に居たくて、帰ると言い出さなかったのは自分だ。できるなら、このまま夜明けを見るのも厭わなかったが、実際これ以上彼と一緒に居たら、自分にかけられた魔法が呪いとなって、自分を一生苦しめるにきまっている。

「そんなことまでしなくていいの」

 エラは、彼の引力から逃れるようにルーフトップバーを出て、地下鉄へ向けて急いだ。タイセイも慌てて後を追う。
 香港MTR(Mass Transit Railway)尖沙咀駅。エラは、地下へ降りる階段の前で立ち止まると、タイセイを振り返った。

「ドクター…ドクターに抱きついてしまった謎は、いまだに不明ですけど…目を治してもらってから今日一日、私に魔法をかけてくれてありがとうございます。本当に楽しかったです。今日のことは一生忘れません」

 打って変わったエラのよそよそしい口調に、タイセイは寂しさを感じた。しかし、彼も自分の日常を取り戻そうとするかのように、エラの眼帯を取り目を診察して言った。

「もう眼帯を取っていいですよ。最初は焦点が合わせづらいかもしれないですけど、そのうちはっきり見えるようになりますから…」

 エラは笑顔でうなずいたが、眼帯を取った瞳は、少し潤んでいるようだった。

「おとぎ話では、魔法は魔法をかけた人しか解けないって…知っていました?」
「…どういうことかな」
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