ゾーイ・テイラー〜終幕、のちにキス〜
時が止まったような気がした。

ゾーイはユミルの顔に近いところにナイフを刺していた。ナイフは壁に強く入り込み、簡単には取り出せない。ゾーイは荒い息を吐いていた。

「なぜ、あたしを殺さない?」

何が起こったのかわからないと言いたげな顔でユミルが訊ねる。うつむいていたゾーイはゆっくりと顔を上げた。その目からは涙が流れている。

「私は……あんたが憎い。でも殺せない。ジャスミン・テイラー……私のお母さんはこんなことを望まないから」

ロネの瞳にもなぜか涙があふれた。胸の中に嬉しさや苦しさがあふれていく。そして、これが今のゾーイの心なのだと理解した。ゾーイは話を続ける。

「お母さんが森で暮らすことになったのは、優しすぎるが故に罪を着せられて追放されてしまったから。でも、お母さんは優しさを忘れなかった。私を全力で愛してくれた。そんな人を裏切れない」

ユミルの目が驚きで見開かれる。ゾーイはユミルを抱き締めた。
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