小説世界に転生したのに、八年たってから気づきました
 レオは上着を脱ぎ、シャツの腕をまくって見せた。
 昔見たときは、二の腕の真ん中あたりに文字が十センチ程度刻まれていただけだった。その文字が以前見たときよりも赤黒くなっていて、血管に沿って、赤い線がうっすら伸び、肩の向こうまで続いている。

「……気が済んだか」

「全然。シャツも脱いでよ。全部見えないじゃない」

 腰に手を当てて、不満をあらわに言うと、レオは呆れたように息をついた。

「見て気持ちのいいもんじゃないし。密室でふたりきりで男に服をぬげっていうのは、あまりにもふしだらじゃないのか」

「そういう意味じゃないの分かってるでしょ? 見せてよ! なんで今まで私に黙ってたわけ?」

 私はレオに近寄り、勝手に彼のシャツのボタンをはずしていく。
 他の女性は駄目なのに、私が触れるのは嫌がらない。吐き気をもよおすこともない。
 だから、少なくとも信頼はしてくれていると思っていた。困ったことがあればすぐに相談してもらえるくらいには。なのに、こんな重大なことを隠しているなんて酷い。

「……薄情者」

 口に出したら泣きたくなってしまったけど、そんな顔を見せるのは悔しいので、どすの利いた声で脅す。
 そうだ。優しくなんかするもんか。私は怒ってるんだから。そりゃ私はなにもできないし、どっちか言ったら馬鹿だけど。弱音くらい、聞けるのに。

「俺がなにしたって言うんだよ……」

 途方に暮れた声でぼやくと、レオは私にされるがままにしている。
 肩の先から伸びた細い線はよく見たら、細かい文字で出来ている。それは最終的に、レオの胸に二重の円を描いている。円の中には、未完成な文字が描かれているが、これはいかにも途中といった感じだ。

「なんなのこれ……」

「……その前に少しは恥じらってくれ」

 どうやらレオと私は感じ入るところが違うらしい。全然話が通じない。
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