水曜の夜にさよならを
「してないけど、樹にずっと嫌な思いをさせてたのかも」
「は?」

「忙しいし、猫のこともみんな変わらず大事にしてるし、もういいんじゃないかって突然言ってきて、それっきり。でもほんとうはわたしのこと苦手だったんだよ」

「そうかね?」
 直哉は一気にビールを飲み干して、盛大に息をつく。ポケットからスマートフォンを取りだした。

「今から俺が呼んでやろっか。公園に寂しそうな猫が一匹いるって言えば、慌てて飛んでくるんじゃね」
「やめてってば」
 冗談に笑う元気もなくて、わたしは俯いた。すると直哉が無遠慮に顔を覗き込んできた。

「ひでえもんな、美晴の顔。そんなんなるまで無理されちゃあ、樹も身を引きたくなるっつーか」
「えっ」
 そういえば最後に会ったとき、樹にもそんなようなことを言われた記憶がある。

「何を頑張ってんのか知らんけど、楽しい空気ってのは作るもんじゃなくて、できるもんなの。樹と会いたいならまずは寝ろ。そんでそのニキビを治せ」

 そのあと直哉は唖然とするわたしの手から、まだ開けてもいない缶ビールを取り上げて、代わりに空になった缶を握らせてきた。そして二本目に突入する。
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