水曜の夜にさよならを
「スーツじゃないのが変な感じだね」
 樹がくすぐったそうに笑った。

「学生のとき以来かも?」
 いつもぼろぼろの姿ばかり見せていたからと、わたしは今日、気合いを入れてメイクをしてきた。買ったばかりのワンピースに、ショートブーツを合わせたけれど、張り切りすぎたかもしれない。樹は何かもの言いたげだ。

 店に入るといつもと同じ、ビールとレモンサワーを頼んだ。テーブルに飲み物が揃うと、感慨深い気持ちになってくる。そして実感する。樹のいる何気ないいつもが、わたしにとってどれほど大切だったのかを。

「直哉を待たないの?」
 樹が訊いてきた。

「あ、いいの。誘ってないんだ」
「なんで」
 話をしたい相手が樹だからに決まっている。言いたかったが、言わなかった。

「飲もう、飲もう!」
 わたしはジョッキを持ち上げた。

「樹は最近どう?」
「特に変わらず。仕事行って、帰ってきたらモナカ構いながら寝てるだけ。モナカの脚、良くなったよ。このまま弱っていくかなと思ったけど、懲りずに段差にも登り始めてる。動画撮ってきたんだけど」
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