水曜の夜にさよならを
 樹はあきらかに困惑している。こんな感情を押しつけられて、迷惑でしかなかったのだろう。久しぶりに楽しい時間を過ごせていたのに、わたしは自分の手でそれを壊そうとしている。

「今日はもう帰る。ごめんね」
「え、ちょっと」
 振り返ったら泣き出してしまいそうで、樹の顔を見られなかった。わたしはそのまま店を飛び出した。


 一度出かけたら日付が変わるまでは帰ってこないはずの娘が帰宅して、母は驚いた。

「どうしたの美晴、こんな早くに帰ってくるなんて。何かあった?」
「なんでもなーい」

 わたしはそのまま洗面所に向かった。ヘアバンドで前髪を上げて、鏡の前に座る。肌の調子が整ってから、メイクが崩れにくくなった。

 きれいになろうと思ったのは樹のためだったのに、喜ばれるどころかこじれさせるばかりだ。顔色が明るく見えるためのチークも、目元のハイライトももういらない。クレンジングでメイクを落としていると、いつの間に入り込んだのか、ムギが足元にすり寄ってきた。
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