水曜の夜にさよならを
 全部すっかり洗い流してヘアバンドを外したとき、洗面所の扉がノックされた。

「ねえ美晴、樹くん来たけど?」
 呼びに来たのは母だ。

「もう寝たって言って」
 わたしは叫んだが、母はそれを無視して扉を開く。ムギは母の足の間を通って、外に逃げ出した。

「あんたねえ。そんな大声じゃ玄関まで聞こえてるわよ。食い逃げするほどお金ないの?」
「ええ?」
 タオルで顔を押さえていると、母がぴらりと居酒屋のレシートを広げた。たしかに払ってないけれど、これは閉じこもったわたしを燻り出す作戦だ。

「樹くんほんとかっこよくなったよねえ。昔は内気少年だったのに」
 わたしはしみじみしている母の手からレシートを取った。鞄を掴んで洗面所の外に出る。リビングを通り越すと、玄関で腰をかがめて、ムギに構っている樹が見えた。

 一体母に何を言ってくれるんだ。文句のひとつでも言おうと思ったのに、わたしを見つけて顔を上げた彼の不安げな表情を見たら、言葉が出てこなくなった。

 無言のまま財布を開こうとすると、樹がわたしの腕を掴んだ。
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