Sweet break Ⅳ



『倉沢、悪いがこの書類、急ぎで営業3課まで持って行ってくれないか』

目の前の関君が、いつもと変わらぬ様子で、封筒に入った書類をこちらに向けて差し出した。

もちろんいつもなら、そのまま書類を受け取るのだけれど、今日は…

『ごめん。今、手が放せないから、他の人にお願いして』

手元から目を放さず、顔も上げずに単調に答えると、一瞬の小さな間が起こる。

それは時間にすれば、0.1秒にも満たない僅かな時間。

すかさず、関君の後ろにいた落合さんが『私が持っていきます』と立ち上がるも『いや、自分で行くから良い』と、関君はそのまま書類を持って、執務室を出て行く。

その様子は、なんら動揺のかけらもなく、いつも通りのまま。

『ちょっと、倉沢ちゃん』

部屋を出ていった関君の代わりに、隣の澤井さんが心配そうな顔で、聞いてくる。

『関君とケンカでもしたの?』
『いえ、何もないですよ?今、ちょうど計算途中だっただけで』
『なんだ、そっか…あっ!ごめんね。私も話しかけちゃったね』
『全然大丈夫です。それに、計算はもう終わったんで』

優しい先輩の気遣いに、気を張っている心が緩み、思わず泣きそうになる。

大人の恋愛は、例え男女間に何があっても、仕事上は表に出すべきじゃない。

そんな常識は、充分分かっているのだけど、恋愛初心者の私にはどうにも難しい。

今は、出来るだけ関君との関りを断ちたかった。

毎日職場に来れば、目の前で関君を見ることができる特等席が、今日は何故だか、息が詰まるほど居心地が悪い。
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