カラダから始まる政略結婚~一夜限りのはずが、若旦那と夫婦の契りを交わしました~


 まっすぐ問いかけられて、即答できなかった。もう、こんな日は二度とない。センリさんとも、ここで別れれば再び会う機会はない。

 帰りたくない。


 家のせいにもお酒のせいにもしたくはなかった。これは、私の本心だ。

 今まで、気持ちを殺してきた。自分を変えたいと願ってきた。

 私はずっと探していたのかもしれない。支配的な両親の呪縛から逃れる瞬間を。

 ダメだと分かっていても、止まれない。


「親の言いなりで見知らぬ男に一生を捧げる前に、自分の意思で、一夜限りの男に甘やかされてみる気はない?」


 見上げると、綺麗な切れ長の目がこちらを見つめていた。心の中を察し、色っぽく薄い唇が弧を描く。

 言葉はなかった。

 背中に腕が回されて、抱き寄せられる。シャツ越しに硬い胸板を感じて心臓が脈打った。


「桃」

「センリ、さん」


 あぁ、私は悪い女だ。

 耳元で囁かれた自分の名前が、思考をとろけさせる魔法の呪文に聞こえる。この腕を振り解けない。

 今夜だけ。顔も名前も知らない若旦那のものになる前の今だけは、この人の腕の中で甘い夢に溺れたい。

 熱っぽい視線に貫かれ、どちらからともなく二度目の口づけを交わしたのだった。

< 19 / 158 >

この作品をシェア

pagetop