カラダから始まる政略結婚~一夜限りのはずが、若旦那と夫婦の契りを交わしました~


 ふと声をかけられた。顔を上げると、紅藤色の着物の青年が立っている。

 少し癖のある黒髪にぱっちりとした二重で、愛想の良いえくぼが印象的だ。人懐っこそうな彼は私よりも幼く見えた。


「どのようなものがご入用ですか」

「あ、すみません。お客ではないんです。千里さんはいらっしゃいますか」

「千里さん?」


 私の口から出た名前に、目を丸くされた。すると、青年の背後にすらりとした影が現れる。


「桃ちゃん、仕事お疲れさま。わざわざありがとうね」


 にこりと柔和な表情を浮かべたのは、話に出ていた若旦那だ。結納以来の再会に、胸が騒ぐ。相変わらず香り立つ色気と端正な顔は心臓に悪い。

 だめだめ。優しい口調に騙されちゃ。紳士に見えて、この人の本性は危険なオオカミなんだから。

 そのやりとりを聞いて、青年は興奮して頬を染めた。

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