カラダから始まる政略結婚~一夜限りのはずが、若旦那と夫婦の契りを交わしました~
「初めまして、天沢 桃です」
「桃さんかぁ。あなたが美澄屋の若女将になるんですね。一緒に働けたら、毎日仕事が楽しいだろうな」
鳴海くんの純粋な言葉にはっとする。
すると、千里さんが静かに言った。
「桃ちゃんは若女将になるわけじゃないよ。俺より先に人の妻を口説くな」
「ははっ、すみません」
空気を軽くするさりげないフォローに、その話題はすぐ流れた。千里さんは特に気にする素振りも見せず、こちらに声をかける。
「もう退勤してるんだけど、少し指示を出してくるから待っててくれる?」
「はい、わかりました」
無地の黒い着物を颯爽とひるがえして去る背中を眺めていると、店内のあらゆる従業員に声をかける姿が見えた。
ほどよい緊張感の漂う店内をテキパキと動く横顔は真剣で、思わず見惚れる。
すると、指示を受けた女性従業員が、天井に備え付けられた竹素材ののれんを広げ始めた。
まだ閉店の時間ではないはずだが、店の一角だけ着物に影が落ちていく。