ライオン王子に飼われたネコさん。
「怜音」
AM5:30。桃坂に頼まれた時刻よりも三十分早く彼の肩を優しく揺する。
朝に弱い彼はちょっとやそっとのことでは目が覚めない。おまけに最近は柄にもなく日夜働いているので体が疲れ切っているのか、普段よりも反応が悪い。
ピクリと眉が動いたのを見て、真白は揺さぶるのをやめた。
「ねぇ」
「……んぅ」
「付き合って五年が経って、私たち二十七才になっちゃったよね」
すうすうと規則正しく動く背は何も着ておらず、彼の美しく引き締まった肢体は惜しげもなく晒されていた。
寒そうだと思い、シーツを首まで引っ張った。
引き剥がすのが正解だったが、眠気に襲われ意識が薄い状態の方が今の真白には助かる。
「あと三年で三十になるの。昨日後輩が言ってたんだけど、芸能人が二十代で結婚ってなると早く感じるって。でも一般的には普通だし、大体の女子は三十までに結婚したいなって思ってるの」
真白も普段は言わないが大体の女性の内の一人で、三十という数字に近づけば近づくほど焦りを感じていた。
「怜音はさ、これからも綺麗でお似合いな人とたくさん出会えるけど私はそうじゃないの。今からいい人を探して、付き合ってってなるとギリギリなのよ」
授かり婚でもない限り、即日結婚なんてことはほとんどない。0日婚だのなんだのというけれど、そういう可能性は極めて低い。
いい人を見つけて順当にいっても二年は見積もっておかなければ。そうなると真白はとうとう三十歳だ。
「あなたのことを待ってるつもりはなかったけど、どこかで期待して待ってたんだと思う。だけどもう待てないの。……これまでのことが無駄だとは思わないし
とても素敵な思い出だけど、これからはもう無駄にできる時間は一つもないの。だからここでお別れしましょう」
恐ろしいくらい均整の取れた顔。
眉間には煩わしそうにシワが寄せられていて、真白はそのシワを伸ばすように触れた。
男のくせに真白よりもすべすべな肌に嫉妬しつつ、名残惜しさを払拭するため存分に触れてから手を離した。
「じゃあ私は行くけど、一応目覚ましかけてるから。ちゃんと起きて準備して桃坂さんを困らさないようにね。朝ごはん作ってるからチンして食べてお仕事頑張って。あ、ケーキ買っといたからそれも食べといて。……最近忙しそうだったから体にはくれぐれも気をつけて」
一度も開くことがなかった瞼に嫌味のように一度唇を落とし、部屋を出る。
(最後にあの綺麗なアンバーの瞳をもう一度だけ見たかったな。)
なんて、少しだけ未練を感じながら彼の部屋に置きっぱなしだった必要な私物を詰め込んだスーツケースを引く。
貰った装飾品と合鍵代わりのキーカードは置いていった。