篝火
「ぁ、 っ」
目の前の甚介の顔が歪んでいる。
翳った瞳でにこやかに微笑んでいて、その笑顔が佐橋雄馬のそれと随分酷似していて尻餅をつく。甚介は腰から鎌を取り出した。赤く、よくわからない何かがついた鎌を手にさあ、と歓喜する。
「今からだよ叶恵ちゃん! 舞台は整ったね、僕らは被害者だもん、正当だよね、全部あいつが悪いんだもんね、僕が陰気で暗くて明るみに立てないから暗がりに蹴落とそうとしてきて気に食わないよ本当に、ねえ洋式のトイレの水の味を知ってる? 少しアンモニアの臭いがするんだ、それから錆びた血の味がする、それは僕の血の味で佐橋は僕を真っ当にのせようとするんだ! こわいこわいこわいよ叶恵ちゃん叶恵ちゃん僕はまとも? まともの中にいるかな僕は正義?? 正義正義ってなにでも全部叶恵ちゃんのせいだよね叶恵ちゃんがだってわかってたのに僕を助けてくれなくて助けてくれないから僕が理由を作ったから用務員さんを殺したのは」
「甚介、」
「叶恵ちゃんだよね」
ね、って笑って鎌で私の首の表面を撫でた矢先に甚介の体が吹っ飛んだ。
蹴り飛ばしたのは佐橋だった。脂汗をかいてよろめいた体が木にぶつかってなんとか持ち堪える。佐橋、と呼ぶのに深い息をついて焦点があっていない。
「僕は勇気を手に入れたんだよ叶恵ちゃん、叶恵ちゃんが叶恵ちゃんしてくれないから僕は佐橋の今日、飲んでいる水の中に毒物を仕込んだんだ。理科室にあったやつ、なんだっかな忘れちゃった、でもね一気に血圧が低下してそのうちぽっくりいっちゃうんだって、大丈夫だよ佐橋、きみの綺麗なその顔はそのまま僕が壊してあげるありがとう、嬉しいね」
「佐橋」
「立河さん」
焦点が合わない目が指先だけでなにかを指さした。
学校は、大抵避難区域として成立させるために山頂に位置することが多い。そしてその裏山の中に私たちは今いて、その周りに誰も存在していない。
折れた看板の文字を目にしてから振り向いたらやっと合わさった視点で「にげろ」と伝えられた。
私が立ち上がる前に笑いながら掴みかかってきた甚介を佐橋は震える手で捉え、殴り、そして引き摺って揉み合いになりながら看板の先へ進んでいく。
叶恵ちゃん叶恵ちゃん、と泣き笑いながら叫ぶ甚介の声に紛れて佐橋の声を聞いた気がした。私が呼んだからだった。
「またね」
汗ばんだ顔で笑った端正な顔が甚介と共に夜に消える。
程なくして届く何かが潰れる音にクラクション、そしてガードレールに車がぶつかる音を聴いて、私は泣きながら蹲った。木には看板の注意書きを促す粗雑な注意喚起が布で貼り付けられていた。
【この先 崖 注意】