篝火
「いけないんだ、煙草吸っちゃって」
中休み、隣の席の生徒が机に忘れた煙草をくすねて咥えながらライターに火をつけようと思ったら、すでに屋上に先客としていた男が柵に座って笑っていた。
トレーナーに、パーカー。黒のスキニーダメージパンツに白のごつめのスニーカーを履いた爽やかな微笑みは、夜の中を浮遊する。
「…佐橋に言われたくないよ」
「なんで俺?」
「佐橋に言われたくない」
呼吸するように人を傷つけるこの男の何を許容しろというのか。わかったように私の弱みに付け込もうとした愚かさも醜さも、全て見透かしている。見透かしているから、怖気るのだ。
お前に私の何がわかるという。この正解は覆せない。
「立河さんさぁ、必死だよね」
「必死?」
「人間の足が、前向きについてるから前を向かなきゃと思ってる。それは人間の体のあくまで構成であって、別にひん曲げれば後ろにも左にもなんなら右にも行けるわけ。自分の正しさだけが自分を生かすと思ってるでしょう、だから見えるべきものにも気付かなくなって路頭に迷うんだよ」
「…なんの話をしてるの?」
「立河さんの話をしてる」
彼は笑う。
「そんなに茂木甚介が大切か?」
「…」
「正解に囚われて本当に見るべきものを見失っていないか?」
なんの話かわからず、口に咥えただけの煙草がどんどん灰になっていく。11月の夜更け、夜の中を灰色が立ちこめて昇っていく。呆然とその笑顔を見ていたら、いいけど、と柵の上で身動いだ佐橋雄馬のスニーカーの足元に、私は見つけてしまった。
白い羽。
兎の。鶏の。しろい、生き物の羽がついているのを。
「………あ、」
後退りして口を開けたら、地面に煙草がぽろりと落ちた。
半分が灰になってもうシケモクになるそれを、そこから軽々と飛び降りた佐橋が歩み寄り、拾って。咥え、にこやかに歩み寄り、そしてふう、と私に吹きかける。
「もっと見極めたほうがいいよ立河さん。何が正統であるべきか」