翠玉の監察医 アイネクライネ
圭介にはアーサーが現れたことは話していない。言ってはいけないと蘭の本能が警告したのだ。危険なことに圭介を巻き込みたくないと思っている。だから、圭介が目覚めた時に「深森さんは疲れてしまったようです」と説明した。

「これ以上、誰かを死なせたくない……」

蘭は、胸元にあるエメラルドのブローチを握り締める。暗い部屋の中で、ブローチはぼんやりと光を放っていた。

日本で蘭の帰りを待つドイツ人監察医であるゼルダ・ゾルヴィッグ、スウェーデン人監察医であるマルティン・スカルスガルド、そして法医学研究所の所長である紺野碧子(こんのあおこ)の顔が浮かぶ。帰りを待ってくれている人のことを思うと、蘭のいつもの無表情は崩れてしまうのだ。

「こんなに温かい気持ちになるのは、胸が締め付けられるのは、何故なのでしょうか?星夜さんならわかりますか?」

ポツリと呟いた言葉に返事など返ってくるはずがない。蘭はフウッと小さく息を吐き、手帳を取り出す。そしてそこに文字を書き始めた。遺書を書こうと思ったのだ。
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