獣人皇帝は男装令嬢を溺愛する ただの従者のはずですが!
 帝位継承権の放棄にあたり、幼い胸にどれだけの不安や恐怖、葛藤があったのか。私には知るよしもないけれど、いまだあどけなさを残す十歳の少年が下すには、厳しすぎる決断だったことは想像に難くない。
「ハミル様、あなたが『陛下』と呼ばれる日は来ないけれど、『グリュンフェルト辺境伯』として末永く領民に慕われ、愛される一領の主君にはなれます。一領の長というのは民草と距離が近いぶん、政治判断には瞬発力が問われます。あなたの手腕の、見せどころです。もっとも、ハミル様なら大丈夫ですね。きっとあなたは、領民に慕われる素晴らしい領主様になれます」
「……惜しいなぁ」
「え?」
 これまでになく小さな声はよく聞き取れず、その顔を見返した。
「皇帝の座は諦めがつく。だけどやっぱり、あなたのことは惜しまれてならないよ。ねぇヴィヴィアン、マクシミリアン陛下に愛想が尽きたらいつでもグリュンフェルト辺境伯領においでね。一番の側近として、重用するよ」
「では、もしもの時にはお願いします」
「うんっ」
 冗談めかして答えると、ハミル様は白い歯を見せて笑った。
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