i -アイ-
「酔ってないよ。……雪江」
低く誰かの名前を呼ぶ。
近寄ってきたのは、白の着物を着たママさんらしき女性。
「はい」
「また来る。何かあったら連絡を」
あたしに浴びせる甘い空気とは別の、支配力を感じる空気を醸し出す碧さん。
そんな碧さんを見る女性たちは皆うっとりしている。
見ているだけで飽きない整った容姿に、男らしい身体、裏社会の事実上のトップである権力と統率力。
男も女も惚れる、そんな人。
改めてそのことを感じさせる。
もちろん、亮さんや利人さんだってかっこいい人たちだ。
でもきっと、夜の世界の人たちにとって輝いて見えるのは碧さんなんだろう。
「行こうか」
けれど、碧さんがあたしに見せる表情はどこか儚い。
碧さんがあたしの隣を通り抜ける。
あたしはママさんらしき人に微笑んで頭を下げる。
「失礼致します」
フードを被り直し、碧さんの後ろを追う。
ひとたび繁華街に碧さんが出れば、皆頭を下げる。
そしてあたしは物珍しそうに見られる。
近くの駐車場に停めてある黒の高級車に乗り込む。
「今日は、碧さんが運転なんですね」
「ああ、もう仕事は終わりだからね」