今夜、妊娠したら結婚します~エリート外科医は懐妊婚を所望する~
「……最初から医者になりたいと思っていたわけじゃない」

「そうなんですか?」

「医者の家系でね。なるしかなかったんだよ。望んでこの道を選んだわけじゃないんだけれど――」

私は手帳にペンを滑らせながら、じっと彼を見つめる。続きを促され、彼は話を続けた。

「――そうだな。医者であることを誇りに思えるようになったのは、心の底からの『ありがとう』に出会えたからかな」

「……患者さんから『ありがとう』と言われた、ということですか?」

「言われたのは俺じゃない。別の人」

彼は苦笑する。

「心から感謝されているのを見て、ようやく医師という職業の価値に気づけた。人を救うことができる仕事なのだと」

遠くに目を向けながら、そのときの情景を思い出すかのように彼がつぶやく。

彼の呼吸が少しだけ穏やかになった気がした。手術直後のピリピリした空気が和らぎつつある。

今、彼の心は、きっと命の現場と日常の狭間にいるのだろう。

「ありがとうございます。では、今日、患者さんが運ばれてきたときの状況を教えてください」

「……胸と背中に激しい痛み、意識レベルの低下、症状に漠然とあたりはついていたから、CTで確認が取れ次第すぐ緊急手術に入った。あと少し遅れていたら、助からなかったかもしれない」
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