今夜、妊娠したら結婚します~エリート外科医は懐妊婚を所望する~
「とにかく。私は仕事を辞める気はないから。お見合いは価値観の違いでお断りして」

『冗談じゃありません。無理を言って会ってもらったのよ! 今さらこちらからお断りできるわけないじゃない!』

「そんなの知らないわ。なんなら、ジーンズとノーメイクで彼とデートにでも行ってきましょうか? すぐに振ってくれるだろうから」

『恥さらしみたいなことやめてちょうだい! 白雪家の名が汚れるわ!』

残念なことに、白雪家はそこそこの名家らしい。

とくに母が家柄にこだわりの強い人で、小さい頃からお行儀よく育てられ、私立のお嬢さま学校に通い、将来は官僚か芸術家がいいわねなんて洗脳のように刷り込まれた。

姉は華道の道に進み、兄はコンダクター――つまり指揮者に。

私もふたりに習い立派な芸術家――ピアニストになろうとしたけれど、事故を受けて何カ月もピアノの練習ができなくなり、その道は絶たれてしまった。

一日の遅れを取り戻すのに一週間かかると言われている世界。何カ月も休んでしまった私が、前線に復帰できるわけもない。

というか、ピアニストへの憧れなんて、所詮その程度のものだったのだろう。

本当になりたいのなら、死に物狂いで頑張っていたと思うから。

所詮、ひとから与えられた夢。
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