やわらかな檻
布団から立ち上がった兄は此方に歩み寄りながら、「それさ」と突然話題を変え、正方形の白い箱を指差した。
「自分で渡さないのかと尋ねたけれど、行けないから、と断られてしまった。もうここに来ないつもりかもしれない」
省略された主語は、彼女のこと。
彼女と兄のやり取りは容易に想像できた。きっと、差し入れの箱の持ち手を握りしめて兄に突き出して、問いには艶やかな黒髪を左右に揺らし、黒目勝ちの目には薄らと涙の膜が張って。
……そのつもりはなかったのに、気付けばセロハンテープを剥がしていた。下のトレーを持って引き出すとまず赤と青のプラスチックフォークが出てきた。それから何故か少し傾いて、塗られた生クリームに斑のあるケーキ。メリークリスマスの『スマス』が窮屈そうな、白いプレートの文字。
どう見ても一人分ではない。いつ作ったのだろう。
誰と食べるのを想像して、二つもフォークを入れたのだろう。
一口分だけ貰おうと、端から切り分けるとクリームの間に狐色の生地が見えた。切った一番上の生地がずれ落ちて、それで初めて、薄いホットケーキを重ねてケーキにしたのだと気付いた。
「甘い」
兄は食べる様子を近くで屈みこんで見ていても、赤いフォークには手を伸ばさなかった。残っていた抹茶を一気に流し込むのを見て、喉の奥で音を立てて笑っている。
「抹茶の苦みが中和されて良いんじゃないか。甘いものが良いんだろう」
「まさか」
掌から茶碗が抜き取られた。本当に、言葉通り僕が飲み終えるのを待っていたらしかった。
「……年が明ける前に君の顔を見られて良かった。ではね」
「自分で渡さないのかと尋ねたけれど、行けないから、と断られてしまった。もうここに来ないつもりかもしれない」
省略された主語は、彼女のこと。
彼女と兄のやり取りは容易に想像できた。きっと、差し入れの箱の持ち手を握りしめて兄に突き出して、問いには艶やかな黒髪を左右に揺らし、黒目勝ちの目には薄らと涙の膜が張って。
……そのつもりはなかったのに、気付けばセロハンテープを剥がしていた。下のトレーを持って引き出すとまず赤と青のプラスチックフォークが出てきた。それから何故か少し傾いて、塗られた生クリームに斑のあるケーキ。メリークリスマスの『スマス』が窮屈そうな、白いプレートの文字。
どう見ても一人分ではない。いつ作ったのだろう。
誰と食べるのを想像して、二つもフォークを入れたのだろう。
一口分だけ貰おうと、端から切り分けるとクリームの間に狐色の生地が見えた。切った一番上の生地がずれ落ちて、それで初めて、薄いホットケーキを重ねてケーキにしたのだと気付いた。
「甘い」
兄は食べる様子を近くで屈みこんで見ていても、赤いフォークには手を伸ばさなかった。残っていた抹茶を一気に流し込むのを見て、喉の奥で音を立てて笑っている。
「抹茶の苦みが中和されて良いんじゃないか。甘いものが良いんだろう」
「まさか」
掌から茶碗が抜き取られた。本当に、言葉通り僕が飲み終えるのを待っていたらしかった。
「……年が明ける前に君の顔を見られて良かった。ではね」