やわらかな檻
 世の中の楽しそうなことは、事実、今まで手に入るものではなかった。

 去年の今頃は、イベントどころか彼女という話し相手ができることすら想像していなかったし、彼女が現れてからも、与えられただけを一時の幸運として処理する方が楽だった。

 それ以上は望まなかった。手に入らなくなった時の心の安寧のために。

 だから心の柔らかな部分へ無邪気に踏み込んできた彼女に苛つき、『楽しそうなこと』を当たり前に共有しようとする彼女に絶望的な隔たりを感じたのだ。

 育ってきた境遇の差も、光と影と、これから生きるべき道の差も思い知らされて。

 ――…彼女がどれだけ自分を思っていたのか考えずに、いずれ掌から零れ落ちるなら今もう要らないと、放り出した。


 ようやく分かった。
 君を好きになっていた。


「……こちらこそ、ごめん」


 何か付け足すことも考えたけれど、入り混じる心情を分かるように伝えるのは難しそうで、謝罪の言葉は単純になった。

 上半身を起こして、まずはずっと顔を歪めたままの彼女の下唇を引っ張るように摘まんだ。驚いたのか反射的に手を放して多少動かれたけれど、一見したところ噛んだ痕はついていない。それから、温もりをくれた手を今度は外側から包み込む。

 彼女は斜め下から時間をかけて僕の表情を確かめた。声が揺れていた。


「…仲直り、で、良いのね?」

「ええ」

「もう怒らない? クリスマスを一緒に楽しんでくれる?」
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