狂おしいほどに君を愛している

16.再会

「殿下、この少女は?」

「スカーレット・ブラッティーネだ」

僕の名前はユージーン。

ルシフェル国第三王子。

この国の暗部を司っている。

公爵家の夫人がおかしな動きをしていると報告があり探っていたら物凄い波動を感じた。

駆け付けてみると護衛が二人、侍女が一人倒れていた。

そこから少し離れたところに萩色の髪をした少女が倒れている。

「ブラッティーネ公爵家に連絡を入れますか?」

「ああ。王宮が近いから彼女は一旦王宮に運ぶ。医者の手配を」

「畏まりました」

「それと彼女を襲った暴漢がまだ近くにいるかもしれない。捜索しろ」

「はっ」

彼女の傍に暴漢らしき男はいない。

僕たちの足跡に気づいてい逃げたのか‥‥‥。

先ほど感じた波動は恐らく彼女が持っているオルガの心臓によるものだろう。

何があったのかは彼女から聞かないと分からないな。

といっても全ての危険から遠ざけられ、守られながら育てられる貴族令嬢が自分の身に起こったことを話せるかは疑問だけど。



◇◇◇



「‥…ここは?」

見慣れない天井。邸ではないだろう。

「目が覚めたか?」

聞きなれた声よりも幼さを感じる声に私は全身、冷や汗を流しながら視線を向けた。

緑色の髪に金色の目をした、記憶よりも幼い顔のその人は‥…。

「‥…ユージーン殿下」

「へぇ、僕のことを知っているんだ」

国の暗部を司る王子だ。

私は起き上がり、淑女の礼を取ろうとしたけどユージーン殿下に止められた。

「僕が駆け付けた時、護衛が二人と侍女、少し離れた所に君が倒れているだけだった。何があったか教えてくれない?」

倒れていたのが私たちだけ?

「城下を散策していたら急に路地裏に引っ張り込められました」

「護衛が二人もいたのに?」

「はい」

まぁ、普通はそう思うよね。

護衛としてあり得ない失態だ。

「最初に護衛に二人が倒されました」

「そんな手練れだったの?」

「彼らが護衛よりも手練れかどうか私には分かりません」

「そう。地面がひび割れていたし、かなりの波動を感じた。それについては分かる?」

彼は私の一挙手一投足を見逃すまいとじっと見つめている。

口元には笑みを刻み、言葉遣いも穏やかで雰囲気的には和やかな感じがするけどこれは彼が意図的に作り上げているだけだ。

私が嘘とついた瞬間、彼は私を敵として認識するだろう。

「私がオルガの心臓を暴走させました」

「暴走させた、ねぇ。それは意図的にってことかな?」

「はい」

彼の目に鋭さが増した。

「なぜ?」

「殺されると判断したからです」

「そう。だけど、オルガの心臓を暴走させれば城下もただではすまない可能性もあった。それを分かっていたのかな?」

「はい」

「それでも自分の命を優先させたの?」

「はい」

「そう。ありがとう。ごめんね、起きたばかりの君にいろいろ聞いて。疲れただろ。もうお休み。公爵家には僕の方から連絡を入れておくから」

「ありがとうございます」



◇◇◇



スカーレットを休ませている部屋を出ると外には兄である第一王子のファーガストと第二王子のエドウィンがいた。

「何か話せた?」

ファーガスト兄上も貴族令嬢である彼女があそこまで冷静に事情を説明できたとは想像もできないのだろう。

僕も驚いている。

殺されると彼女は認識していた。

それがどれほどの恐怖だろうか。

それなのにあそこまで冷静に話せるものだろうか。

強い意思すら感じる彼女の目が頭から離れない。

「ユージーン、どうした?」

前を行くエドウィン兄上が何も答えない僕を不思議に思い振り向きざまに問うてくる。

「いえ、彼女から詳細に状況を聞くことができましたが肝心の暴漢がどうなったかは彼女も知らないそうです。オルガの心臓を暴走させたせいで気を失ったそうです。もしかしたら、暴漢共はオルガの心臓の力に恐れをなして逃げ出したのかもしれません。引き続き、捜査させます」

「ああ、頼む」

ファーガスト兄上の言葉に頷きながら僕はぬぐえない違和感を一度思考の外に追いやった。

本当に暴漢は逃げたのかという疑問が残っている。もちろん、彼女が暴漢をどうこうできると思っているわけではない。ただ、何だろう。暗部の長としての勘が告げるのだろう。

暴漢はもうこの世にいないのではないかと。

スカーレットの元に駆け付けた時、人の気配がした。

僕などではとても太刀打ちできないような手練れの気配だった。放置したのは敵わない相手だと判断したこととこちらに殺意がなかったからだ。

「今回の件、公爵夫人が関与している証拠は掴んでいるのか?」

「ええ、エドウィン兄上。公爵夫妻には内々に父上から話が行くでしょう」

「公爵夫人にとってみりゃあ、妾腹がオルガの心臓に選ばれたなんて屈辱的な話だもんな。殺そうとするには十分な動機だ。で、どうだった?スカーレット・ブラッティーネ公爵令嬢は。噂通りの傲慢でどうしようもない女だったか?」

妾腹でありながら公爵家の権威を使ってやりたい放題。

人を人とも思わない最低な令嬢。

貴族の令嬢として恥でしかない。と様々な悪い噂が耳に入ってきてはいる。社交界デビューもまだなのによくもここまで話のタネにのぼるなと感心すらするほどに。

けれど、実際に会った彼女は噂とは全くの別人だった。

「所詮は噂でしょう」

「へぇ」

僕の言葉にエヴァン兄上は面白そうに笑っていた。スカーレットに興味を持ったのだろう。

ファーガスト兄上は何か考えているようだった。
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