狂おしいほどに君を愛している

17.散策は危険がいっぱい

「‥‥‥」

オルガの心臓を暴走させたのに体は不思議と軽かった。

吐血もしていない。

ユージーンの話から暴漢は逃げたことが分かったけど、どうしてかそうは思えない。

意識を失う前に誰かが助けてくれたような気がする。でもオルガの心臓を暴走させた影響か、記憶が曖昧だ。

「前世って言うのか分からないけど、死ぬ前に婚約者だった人たちに会っても意外と平気ね。私ってかなり図太いのかも」

だけどさすがに疲れたわね。

目を閉じるとすぐに私は眠りつについた。



◇◇◇



『‥…ないさい。ごめんなさい』

『どうして上手くできないの。あんたはオルガの心臓に選ばれた特別な子なのよ!普通の子とは違うの』

『いたい、おかあさま、やめてぇ。おねがい、おかあさまぁ』

『きゃあっ』

『‥…お母様?‥…◇※△■●☆*#』



◇◇◇



「っ」

私は慌てて飛び起きた。

心臓がばくばくと全力疾走した時のように脈動している。

呼吸を整えようと心を落ち着かせようとするけど夢に出てきた血まみれの母の死体が脳裏にこびり付き、落ち着かない。

一面真っ赤に染まっていた。

私自身も母の体から飛び出た血で染まっていた。

ダンスや授業で失敗する度に母は私に鞭を打った。

この程度でもできないダメな子だと。どうしてできないのだと、罵倒し、責め立てる母。

幼かった私は耐えきれずにオルガの心臓を暴走させ、母を殺した。

ぴしゃりと潰れた肉塊は紛れもなく母だったものだ。

あれは何回目の時の出来事か分からないけど確かに起こったことだった。

その日から私は『化け物』と『母親殺し』と呼ばれるようになった。

今世では殺していない。

殺す可能性は会ったかもしれないけど母は邸を追い出されもう二度と会うことはない。そう考えるとこれで良かったのかもしれない。

「早く、オルガの心臓を使いこなせるようにならないと」

もう一度休もうとベッドにもぐりこんだけどあんな夢を見た後ではさすがに眠れず私は庭に出た。

少し肌寒けど夜風が心地よい。

「‥‥真っ暗ね」

暗闇に閉ざされた世界

まるでそこだけが世界から切り取られた別次元みたい。

心が弱っているせいかな。

私だけが一人取り残されているように思えてしまう。

「ダメね。全然、気分転換にもならない」

そう言った後で思わず笑ってしまった。

今日の城下の散策も気分転換のつもりだったのだ。そこで暴漢に襲われて、しかもつけられた護衛二人が役立たずだって判明した。

「これは邸で大人しくしてろってことかな」

そんなことを思いながら歩いていると綺麗な銀の糸が目に入った。

「っ。ファーガスト、殿下」

長い銀色の髪を靡かせたファーガストが庭の真ん中に立っていた。

ファーガストは私に気づいて視線を向けて来る。

「こんな夜更けに何をしている?」

「‥…昼間、十分休ませていただいたのであまり寝付けず、散歩をしておりました。許可もなく立ち入り申し訳ございません」

一礼して去ろうと思ったけど「構わない」とファーガストから帰ってきた。ついでになぜかこちらに向かって歩いてくるので立ち去ることもできなかった。

だって逃げてるって思われるみたいで嫌だったし。

「!?」

ファーガストの手が私の頬に触れた。

「あ、あの、何か?」

「十分に休んだという割には顔色が悪いな」

夢見が悪かったからね。

あなたが目の前にいるということも心臓に悪いけど。あまり自分の死に関わった人と関わり合いになりたくないわね。

何かの間違いで婚約して、また同じ道は辿りたくないもの。それに婚約したとこでどうせ彼らはリーズナを選ぶのだし。なら彼らを選んだところで負け戦じゃないか。

「昼間、暴漢に襲われたそうだな。そのせいで寝付けなかったのか?」

違うけど、そういうことにしていこう。実際に見た夢の話をしたところで頭がおかしいと思われるだけだろうし。

「ええ。まぁ」

「そうか。暴漢はユージーンが捜索してくれている。時期に捕まるだろう」

「はい。ありがとうございます」

「護衛は変えた方が良い。主人を守れない無能などかえって危険なだけだ」

護衛はもう要らない。

誰をつけられたって信用できない。結局は公爵側の回し者だ。公爵家がどのような命令を下すか分からないのに傍に置いておきたくはない。

「そうですね。父に相談してみます」

「‥…」

「それでは私はこれで失礼させていただきます」

一礼して私は逃げていると分からないぎりぎりの速度でファーガストから離れた。すぐに背を向けたからファーガストがずっと私を見ていたことには気づかなかった。
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