狂おしいほどに君を愛している

18.チャンスは与えるべきではない

「スカーレット」

翌日、王宮になぜかノルウェンとエヴァンが来た。

二人とも私の姿を見てほっとしていた。いったい、どうしたのだろう。

「どうされたんですか、二人とも。そんな血相を変えて」

私の言葉になぜか二人とも固まってしまった。

そして、私から顔を背ける。いったい、何だと言うんだ。

「まさかそんな質問が来るとは思わなかった。ノルウェンとエヴァンはスカーレット嬢との関り方を少し考えた方が良いかもしれないね」

クスクスと笑いながらユージーンが部屋に入って来た。

「殿下、このような素敵なドレスをご用意してくださりありがとうございました」

着替えは邸から持ってきてもらおうかと考えていたら知らない間にユージーンが用意してくれていた。

「急だったから既製品でごめんね」

「?」

既製品の何が悪いのだろう。

確かに上級貴族が着る服はオーダーメイドだけど私が持っているドレスはどれも既製品だ。

既製品でないものはリーズナのおさがりになる。

少して直ししないと着れないけど。おかげで裁縫が得意になってしまった。

「‥…そうか、既製品なのか。おかしいと思った」

ぼそりとユージーンが何か言ったようだけど聞こえなかった。

ユージーンは何を考えているか分からない笑顔を私に向ける。実に胡散臭い笑顔だ。

「殿下、この度は義妹を助けていただきありがとうございます」

エヴァンとノルウェンが礼をする。

ノルウェンはともかくエヴァンの礼儀正しい姿何て初めて見るからちょっと新鮮。こういう姿を見るとエヴァンも公爵家の令息なんだなと思う。

普段は服も気崩しているし、口も悪いから下町の悪ガキみたいだから。

「僕はただ保護しただけだからね。暴漢は今も捜索しているけどちょっと難航しそうなんだ」

「裏に何か大物でも控えているということですか?」

ノルウェンは眉間に皴を寄せてユージーンに聞く。ユージーンは首を左右に振り、困惑した顔をする。

「スカーレット嬢のおかげで人物の特定はできている。ただのごろつき。検問もしているから時間の問題だろうと僕たちは考えていた。けどね、見つからないんだ。どんなに探っても。彼らを見たという情報すらない」

「情報がない」

ノルウェンとエヴァンも困惑している。

私もだ。

国の暗部を司っている彼が望めばどんな情報も手に入るだろう。その彼がたかがごろつきの居場所がつかめないなんてあり得ない。

「何だか薄気味悪いよね」



◇◇◇



「お義姉様、お帰りなさい。とても心配していたのよ」

邸に着くなりリーズナに力一杯抱きしめられた。容赦ないな。

「お嬢様、申し訳ありませんでした」

あの日私を護衛していた騎士が跪き許しを乞うてくる。その姿を見て私は激昂しそうになった。

ダメだ。

もう前の私とは違う。ここで感情にながされてはいけない。冷静に対処しなければ。

拳を握り締め、何とか怒りを堪える。

「お義姉様、彼らを許してあげて」

私から一歩だけ離れたリーズナは目に涙を溜め、胸の前で祈るように手を握り締める。

「リーズナお嬢様」

そんなリーズナの姿に護衛二人は感動したようだ。

は?馬鹿なの。

「許してって何を?私を守れなかったこと?許したとしてどうするの?まさか私の護衛を続けたいなんて言わないわよね」

「それは」

「お義姉様、お願い。彼らにもチャンスをあげて欲しいの」

護衛の言葉を遮るようにリーズナが言う。

彼女はきっと護衛たちにも優しい自分を周囲にアピールしたいのだろう。

いつもなら私が激昂するから私が悪役になっていた。そして臣下や使用人を庇う彼女を天使か女神のようにみんな扱うのだ。

「リーズナ、チャンスって何?」

「何って‥‥」

問われた意味が分からないようだ。その頭に脳みそは入っていないのだろうか。

自分が守られる側で、その身に危険が迫ることが絶対にないからきっと考えが及ばないのだろう。

「私、死ぬところだったわ。なのに許せと言うの?チャンス?笑わせないで。命は一人に一つよ。奪われたら終わり。チャンスなんて二度とやって来ないわ。リーズナ、あなたは、あなた達は」

私がリーズナの次に護衛に視線を向けると彼らはびくりと体を震わせた。剣を振るい戦う彼らには私が言わんとすることが分かったようだ。

「次、同じことが起こった場合は私に死ねと言うの?」

「ま、まさか!そんなはずありませんわ。私がお義姉様の死を願うなんて。どうして、そんな、酷いわ」

そう言ってリーズナは泣く。

これで私を悪役にしたつもり?本当に馬鹿じゃないの。

「じゃあ、どうして許せなんて言うの?私は死ぬところだったのよ。とても怖かったわ。リーズナ、あなたの方こそ酷いじゃない。私の気持ちも考えずに自分のことばかり」

「わ、私、そんなつもりじゃ」

「リーズナ、もうよせ」

「お、兄様」

言い募ろうとするリーズナをエヴァンが止めた。これには驚いた。だって、てっきりリーズナの味方をすると思っていたから。

「リーズナは身を挺してお前を守ろうとした護衛のことも考えての発言だ。そんな歪んだ解釈をするな」とか言って。

「お前の言うことが間違っている。護衛は命に直結する仕事だ。そんな仕事に次があるわけがないだろ。お前たちもまさかそんな甘い考えで仕事をしていたわけではないだろ」

「「っ」」

護衛たちは青ざめ、体をがくがくと震わせている。弁明をするだけの余力はないようだ。

「君たちのことについては報告が上がっている」

エヴァンに続きノルウェンまでもが出張ってきた。

身の毛のよだつほどの冷たい視線と笑顔を携えてノルウェンは最後通告をする。

「争った形跡が全くなかった。背後から襲われ、争う暇もなく気を失ったのか、或いはそもそも守るつもりがなかったのか。後者なら君たちは重大な裏切り行為を働いただけではなく、犯罪者ということになるね。暴漢共と共犯したことになるのだから。まぁ、前者だろうが後者だろうがどっちでもいいよ。荷物をまとめて今すぐ出て行くように。三十分経ってもまだ居座るようなら公爵家に不法侵入したということで警備兵に引き渡すからそのつもりで」

「そ、そんな」

「与えられた任務をこなせない馬鹿は公爵家には必要ない。リーズナ」

「は、はい」

お鉢が自分に回って来ると思わなかったリーズナはびくびくしていた。

「その無神経さは直した方が良い」

「無神経って、私は護衛たちのことを」

「君の恋人か?」

「まさか」

ノルウェンの突拍子もない言葉にリーズナは全力で否定した。

「ならお前は命を脅かされた家族よりも他人の護衛を優先するのか?それはそれで問題だな」

「っ。私が浅はかでした。申し訳ありません」

ぎりっと奥歯を噛み締めながらリーズナは頭を下げる。

私は目の前で何が起こっているのか全く分からなかった。
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