伯爵令嬢のつもりが悪役令嬢ザマァ婚約破棄&追放コンボで冥界の聖母になりました
「それより、変わった装飾ですのね」

 手にした扇でカミラがドレスの裾を指す。

 プリーツとリボン、それとも王室御用達のレースのことだろうか。

 みなの視線の先をたどったエレナの耳が熱くなる。

 ドレスの裾には、道端で吐いた汚物がこびりついているのだった。

 カミラが扇で口元を隠す。

「あら嫌だわ。さきほどから奇妙な香水の臭いが鼻につくと思っていたら、あなたでしたのね」

 受けたことのない侮辱に耐えかねてエレナは人の輪から逃げ出そうとした。

 と、そのときだった。

 足下で何かがぶつかったようだった。

 ちょっと、もう何なの?

 見下ろすと、エレナのドレスに幼い男の子がしがみついていた。

 まだよちよち歩きといった年頃で、口からよだれを垂らしながらエレナを見上げている。

「オネオネ」

 は?

 何、この子?

 邪魔なんだけど。

 それよりミリアはどこなの?

 どうしてドレスの汚れを教えなかったの。

 こんな恥をかかせておいて、ただでは済まないわよ!

「オネオネ」

 ああ、もう、どいて。

 こんな子供の相手をしている余裕なんかないのよ。

 エレナは片足を上げて幼児を振りほどいた。

 尻餅をついた男の子が泣き声を上げる。

 そのとたん、音楽がやみ、会場の空気が固まった。

 泣き声のする方に人々の視線が集中する。

 カミラが泣く幼児に手を差し伸べて抱き上げる。

「ああ、よしよし王子様、いかがいたしましたか」

 エレナは当惑しながらその様子を眺めていた。

 ちょっと、どういうことよ、王子様って……。

 王子っていうことは、わたくしの婚約者ってこと?

 こんな子供がわたくしの婚約者?

 カミラの豊満な胸に顔を埋めて泣き止んだのはどう見ても幼児だ。

 まるで事情が飲み込めないエレナは呆然と立ち尽くすばかりだった。

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