エリート外科医は最愛妻に独占欲を刻みつける
「どうかしたのか」
逡巡する私に、高野先生は不思議そうに首を傾げる。結局私は、何も聞けなかった。
「本当に、忠犬みたいに外で立ち尽くして待ったりはしていないので。……伊東先生には言わないでくださいね」
さっきの高野先生のセリフを混ぜて、冗談のように笑う。高野先生は、笑ってはくれず眉間に軽く皺を寄せ、黙ったままだった。
それから数分、なんとなく気まずさを感じたまま電車に揺られ、私の降りる駅に着く。
「ここで降ります。気遣ってくださって、ありがとうございました」
「家までは」
「すぐ近くなんで、大丈夫です」
本当に家まで送ろうとされても困る。彼の言葉に被せ気味にそう言うと、開いたドアから電車を降りる。彼もそれ以上、追っては来なかった。
ドアが閉まってから、窓ガラスを隔てて目が合う。黙って見つめ合う空気に気が咎めて、「おやすみなさい」と言う。声は届かなかっただろうけど、唇の動きでわかったようだ。
電車がゆっくりと動き出した時、彼の目尻が柔らかく下がり「おやすみ」と唇が動いた。
遠ざかっていく電車を見ながら、なんとなくしばらく足が動かなかった。窓ガラスに映っていた高野先生の表情が頭から離れない。どうしてか、とても後ろめたい気持ちだった。