エリート外科医は最愛妻に独占欲を刻みつける

「初めて付き合った人、で……」

 何もかもが、全部、直樹さんが初めてだった。デートも、キスも、その先も。
 二股の上、天秤にかけられて要らない方にされたのに、まだ好きなのかと言われたらそうではない。だけど、全てに思い入れが深すぎた。

 思い出が、多すぎた。

「あんな、綺麗な女の人になれてたら、よかったのかな」

 さすがに、酔いが回って、悪口が結局泣き言になっていく。
 綺麗な人だった。私にはない、色っぽさのある人だった。嬉しそうに笑顔を交わす直樹さんと彼女の姿が目の前をちらついて消えない。

 くらくらして、ソファの上で三角座りをして顔を伏せていると、ぎしりと揺れた。隣に人が座った気配がする。丸くなった体を、両腕を回して温かく抱き込まれた。

「やめて、ください」

 すがりつきそうになって、かろうじて理性が働く。

「やめない」

 一層、腕の力が強くなった。がっしりと腕が私の頭を抱え込んで、耳元で「顔上げて」と囁かれた。
 おずおずと、それでも言われるがまま顔を上げると、すぐ間近に彼の目があった。アルコールの匂いがする。心臓がどきどきしているのが、酔っているせいなのかそうではないのか、私には判断がつかなかった。

「後藤さんは、かわいい」

 その言葉をあの人の口から聞かなくなって、どれくらい経っただろう。信じられなくて顔を横に振ると、唇に柔らかいものが触れた。

「嘘じゃない。かわいい」

 唇が触れあうだけのキスは、咎める間もなく一瞬で離れる。

「好きな男を想って、こんなに泣けるところもかわいい」
「もう、すきじゃない」

 そこは看過できなくて咄嗟に頭を振った。けれど、それならこの涙の言い訳がたたないだろうか。これが何の涙なのか私にもわからず、それ以上説明も出来ない。

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