エリート外科医は最愛妻に独占欲を刻みつける
「あ。先週借りたやつ……」
あの日、おにぎりと走り書きのメモと一緒に置いてくれていた鍵だ。部屋を出たあと、新聞受けの入り口から中へと滑らせて返した鍵。
「ま、待ってください。いくらなんでも合い鍵まで受け取れない……」
付き合うと決めたばかりだ。しかも『先生を好きになりたい』なんて曖昧な気持ちで、いわば暫定恋人のような存在に合い鍵まで渡したらいけない。
この人の危機管理はどうなっているのだろうとちょっと心配になりつつ、慌てて彼に返そうとするけれど、高野先生は手を出してくれない。
「あの時、持っててもらうつもりで置いといたんだ。そうしたら、返してもらうのにまた会う口実ができると思って」
「え」
「なのに慌てて出たから、連絡先を書くのは忘れるし、帰ってみたらちゃんと鍵は返されてるし」
いやだって、あの状況では早めに帰って鍵はちゃんとわかりやすいように返却しておくのが当たり前だ。
だけど彼は、あの日の後、もっと早くに今日のような話をするつもりでいてくれたらしい。「持ってて」と、鍵を持つ手の上から彼の大きな手にぎゅっと握られ、返却は諦める。その後、高野先生が若干疲れた顔をして、続けて言った。
「正直言うと、この一週間ちょっと焦ってた。繋ぎをつけてもらおうと永井さんに声かけたら、“私の友達をどうするつもりだ”ってえらい詰められて信用してもらうのに時間くって」
「あっ! サチ! そういえば、サチには、その、全部話した……?」
彼女がどこまで事情を知っているのか、確かめなくてはいけない。心配をかけた分、もちろん私からちゃんと説明するつもりではあるけれど、言わない方がいいかもしれない部分もあるわけで……彼女と話をするとき、高野先生が話したことと食い違ったらいけない。
つまり、言わない方がいいかもしれない部分というのは、夜にあったことだけれど。