目が覚めたら屈強な強面王子と入れ替わってしまいました ~お願い!筋トレは週一にして!~
「──ヴァルト=フォン=ベルデナーレ王子殿下、リシェル=ローレント伯爵令嬢!」

 ホールに私たちの名が響いた瞬間、それまで談笑していた紳士淑女の皆様方がはっと振り返ります。
 一斉に視線が集中し、私は密かに息を吐いてから口角を上げました。
 ヴァルト様と軽く腕を組んだまま、左手でドレスの裾を摘まんで足を踏み出せば、どこからともなく溜息が聞こえてきます。

「まぁご覧になって、ローレント伯爵令嬢ですわ」
「王宮に現れるとは珍しい……殿下と親しいという噂は本当だったのか」
「何でしたか、アタマガオカシクナールダケでしたっけ。あれはもう大丈夫なのでしょうかね」

 ちょっと、どなたですの悪意に満ちた言い間違いをしたのは。どちらも存在しないキノコですから、何とも文句を付けがたいですけれど。
 笑顔を維持したまま聞こえない振りをして、ふと視線を前方に向けたときでした。

 何だか、一際目立つ殿方がいらっしゃいます。大抵の殿方は今のヴァルト様のように暗色の衣服を纏っているのですが、あの方は真っ白。積雪に飛び込んできたのかと思うほど真っ白ですわ。

「あれだ」
「へ?」

 そっと耳打ちをされ、私は間の抜けた返事をしてしまいました。
 わっ! ヴァルト様お顔が近い! いくら私の身長が低いからって、そこまで背を屈めなくてもよろしいですわ! ただでさえ今日は髪が横分けになっていて大人びていらっしゃるのに!

 ん──だから何ですの?

「ローレント嬢?」
「あ、はい」
「あれがマクシムだ。あの白鳥みたいな服の」

 私が一人で首を捻っている間に、その白鳥王子ことマクシム様がこちらに近付いてきました。
 ヴァルト様と同じ金色の長髪に、陽射しを知らない令嬢のような白い肌。純白の衣裳にはよく見ると無数のスパンコールが縫い付けられていて、動くたびにキラキラと七色に反射しています。
 あのお召し物、近付く者の目を潰す役割でもあるのでしょうか。私が少しばかり眩しさを感じていると、マクシム様が突然その細い顎を上向けました。
 天井に何か……?


「──僕の開いた舞踏会にようこそ兄上! まさか出席していただけるなんてね! この僕が提案した計画でてんやわんやしていると思ったのに一体どんな手を使ったのです!?」


「マクシム様ァ!! はっはっは、計画とは何ですかな!? ヴァルト様と伯爵令嬢の仲を取り持つ粋な計らいのことですかな!? ははは!!」

 とんでもないのが来ましたわ。これが第二王子殿下ですのね。
 取り巻きの方々が鬼の形相でマクシム様の発言を掻き消そうとしていますけれど、時既に遅しとはこのことです。
 しかしマクシム様は自身の失言にすら気付いていないのか、未だに顎を上向けたまま私を見遣りました。出来ればもう少しお顔を下げていただけないかしら。お鼻の穴ばかりに目が行ってしまうのですけれど。

「ふふ、噂に違わぬ美貌ではないか。少々勿体なかったかな」
「まぁ、お褒め頂いて光栄ですわ第二王子殿下。本日はお招きいただきありがとうございます」

 体に染み付いた優雅なお辞儀をして見せれば、どこからか小さく舌打ちが聞こえてきました。
 ほほほ、良い気味ですわ。きっと私たちが互いの体に戻っていることに驚いているのでしょう。
 私がちらりとマクシム様の後方──忌々しげなお顔をしている初老の男性を見遣れば、あからさまに視線を逸らしました。立ち位置から見ても、彼が第二王子派の筆頭のようですわね。

 眉間の真ん中に大きな黒子、目尻や頬に刻まれた深い皺。確か「決定版リシェルの夜会ノート」には「黒子おじさん」と書いた、ゲイル公爵ですわ。
 言われてみれば、彼は何に於いても第一に血統を重んじますし、ヴァルト様を疎ましく思っているというのも納得です。

「……?」

 あら、公爵の後ろに立っている痩身の殿方──どこかで見た気がしますわ。つまらなさそうなお顔で踵を返しては、そのまま人混みに紛れてしまいましたけれど……。

「伯爵令嬢!」

 私の視界にずいと割り込んできたマクシム様は、長く艶やかな金髪を気障ったらしく片手で払っては、優美に微笑まれます。
 以前の私なら胸がときめいていたかもしれませんけど、アランデル様の一件で私はとうに色男の類には懲りましたの。ついでに申しますと今さっき自ら計画を暴露していらっしゃったのに、この方格好つけてる場合でしょうか、というのが本音でございます。

「何でございましょう、第二王子殿下」
「おやっ!? 僕の悩殺スマイルに動じないなんて……もしかして最近の令嬢によくいる強面専門とかいう……」
「え? この場にいらっしゃる方は皆様とても素敵ですわ。勿論殿下も──ですが」

 私は左手であざとく口元を隠し、先程から立ったまま半分ほど寝ているヴァルト様の腕に寄り添いました。
 そしてはにかみ笑いを隠すように俯き、されど周囲から表情はバッチリ窺えるほどの角度を意識しつつ、私は甘さを含んだ声音で告げました。

「私、己のためにひたすら飾り立てるよりも、民のため自己研鑽に励む方が好みですの。こちらのヴァルト様のように」

 脳内お花畑な令嬢を装いつつ、七色に光る真っ白で派手な衣装を揶揄すれば、マクシム様が分かりやすく怒りを露わになさいました。あまり堪え性はなかったようです。

「何だとこの──」
「マクシム様! そ、そろそろダンスの時間でございます! ヴァルト様と伯爵令嬢がオープニングを飾るのですよね、ね! 皆様もどうぞお楽しみください」

 あわや激高する寸前で、ゲイル公爵を始めとした第二王子派の貴族がマクシム様を制止します。
 憤慨する王子殿下を連れて退却していく途中、公爵が凶悪な表情でこちらを振り返りましたが、私はにこにこと笑みを崩さずにお辞儀をしてやりました。

「ふぅ、これぐらいの仕返しなら問題ないですわよね? ヴァルト様──」

 すっきりとした気分で隣を見上げた私は、思わず口を開けたまま固まりました。
 何故か険しいお顔で口元を覆い隠したヴァルト様は、私とは反対方向に視線を背け。

「……お前、よく平気であんなことが言えるな」
「…………いや、ちょっと。今のは演技……! 照れてますの!? 私まで恥ずかしくなってきましたわ! もう!!」
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