意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「なんだよ? 昨夜奢ってやっただろ? ここは、優しい先輩に心を許して頼るところだろ」
「昨夜の奢りは、労働の対価だし」
「それ以上に食っただろうが!」
「……ケチ」
「口ごたえする口は……塞ぐぞ」
何で塞ぐのか、と訊く必要はなかった。
冷ややかな表情の中、色素の薄い瞳だけが熱を孕んでいる。
見つめ合っている場合じゃない、逃げなくてはと思うのに、目を逸らせない。
しかし、張り詰めた空気は、電車が停止する大きな揺れで破られた。
身体が傾ぎ、よろめいたわたしの腕を取って支えた流星は、ゆっくり目を伏せる。
そうして、再びわたしを見下ろした瞳からは、さっきまであった熱が消えていた。
「おまえな、その気もないのに見つめんなよ、バカ。相手が俺じゃなきゃ、食われてるぞ?」
「そっちこそ、その気もないのに雰囲気出すのやめてほしいんだけど」
「その気がないなんて、いつ言った?」
「……え?」
空耳かと思って問い返せば、流星はニヤリと笑う。
「誰を好きになるか、誰と付き合うか、選ぶのは本人の自由だ。偲月が俺を好きになることもあり得るし、俺が偲月を好きになることもあり得る。常に、可能性はあるんだよ」
「でも!」
「ひとのものに興味はないが、女性には優しくというのがモットーだ。クズ男にハマっている女がいたら、自分が幸せにできると思えば、遠慮なく奪うことにしている」
「…………」
「そんなにビビんなよ。自分じゃ、幸せにできないと思えば、ちょっかいは出さない」
あからさまに警戒のまなざしを送ったせいか、そんな言い訳を口にする流星に、ふと疑問が湧いた。
「……ちなみに、自分じゃダメだって思ったこと、あるの?」
目を瞬き、次いでにっこり笑った流星は、自信たっぷりに答えた。
「ねぇな」