意地悪な副社長との素直な恋の始め方


「なんだよ? 昨夜奢ってやっただろ? ここは、優しい先輩に心を許して頼るところだろ」

「昨夜の奢りは、労働の対価だし」

「それ以上に食っただろうが!」

「……ケチ」

「口ごたえする口は……塞ぐぞ」


何で塞ぐのか、と訊く必要はなかった。

冷ややかな表情の中、色素の薄い瞳だけが熱を孕んでいる。
見つめ合っている場合じゃない、逃げなくてはと思うのに、目を逸らせない。

しかし、張り詰めた空気は、電車が停止する大きな揺れで破られた。

身体が傾ぎ、よろめいたわたしの腕を取って支えた流星は、ゆっくり目を伏せる。
そうして、再びわたしを見下ろした瞳からは、さっきまであった熱が消えていた。


「おまえな、その気もないのに見つめんなよ、バカ。相手が俺じゃなきゃ、食われてるぞ?」

「そっちこそ、その気もないのに雰囲気出すのやめてほしいんだけど」

「その気がないなんて、いつ言った?」

「……え?」


空耳かと思って問い返せば、流星はニヤリと笑う。


「誰を好きになるか、誰と付き合うか、選ぶのは本人の自由だ。偲月が俺を好きになることもあり得るし、俺が偲月を好きになることもあり得る。常に、可能性はあるんだよ」

「でも!」

「ひとのものに興味はないが、女性には優しくというのがモットーだ。クズ男にハマっている女がいたら、自分が幸せにできると思えば、遠慮なく奪うことにしている」

「…………」

「そんなにビビんなよ。自分じゃ、幸せにできないと思えば、ちょっかいは出さない」


あからさまに警戒のまなざしを送ったせいか、そんな言い訳を口にする流星に、ふと疑問が湧いた。


「……ちなみに、自分じゃダメだって思ったこと、あるの?」


目を瞬き、次いでにっこり笑った流星は、自信たっぷりに答えた。


「ねぇな」


< 260 / 557 >

この作品をシェア

pagetop