意地悪な副社長との素直な恋の始め方
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「京子ママ! 偲月を連れて来たわよー」
シゲオと二人、数時間前に出て来たばかりの『ラウンジ・バー 風見』のドアを開けると、カウンターで征二さんと話していたナツが駆け寄ってきた。
「偲月!」
「ナツ……?」
開店前に立ち寄った時には、彼女の姿はなかった。
しばらくぶりに顔を合わせるナツは、顔色もよく、げっそりしていた頬もふっくらしている。
だいぶ回復したようだけれど、何かトラブルでもあって、遅刻したのではないかと心配になる。
「元気、だった? もう、お店、毎日出てるの?」
「いまは週三で出勤してる。今日は、突発休の子がいて、その代わり。偲月とは、借りっぱなしの部屋のこととか、お金のこととか、いろいろ話さなきゃいけないことがあるのに、後回しにしてて、ごめんね?」
「いいよ、そんなこと」
トラブルに巻き込まれたりはしていないとわかり、内心胸を撫で下ろした。
いまはシゲオのところにいるから、ダメ男に引っかかることはないと思うけれど、惚れっぽいナツだ。いつどこで恋に落ちるかわからない。
「よくないよ! 偲月は甘すぎる。わたしが使っちゃったお金、学生の頃から偲月が一生懸命アルバイトして貯めた分もあるのに……。身体が慣れてきたら元通りの週五で出て、たくさん稼ぐから! ジョージにも、いつまでもお世話になっていられないしね!」
「無理しないで。ナツが元気になってから、ゆっくりでいいよ」
「そうよ。アンタは、頑張れば頑張るほど空回るタイプだから、普通に真面目に働くだけで十分」
「どういう意味よ? ジョージ!」
「そういう意味よ。で、京子ママはどこ?」
「あ、ごめん。こっち!」
ナツに案内されたのは、店の奥の奥。
パーテーションで他のお客さまの目を遮ってある、半個室の席だった。
「呼びつけて、ごめんなさいね? 偲月ちゃん」
五、六人で利用できるくらいの空間にいたのは、京子ママともうひとり。
わたしがホステスとしてもてなした、最初で最後のお客さまがいた。
「……福山さん?」
「久しぶり。元気だった? 偲月ちゃん」
「あ、はい、おかげさまで……」
「朔哉と婚約したんだって?」
「あ、はぁ、まあ……」
わざとらしく声を潜めて訊いてくる福山さんに曖昧な笑みを返すと、「やっぱり、それか……」と呟かれる。
いったい何が「やっぱり」で「それ」なのだと訝しむわたしに、彼は苦笑した。
「珍しくコイツの方から誘ってきたからさ。何かあったんだろうなぁと思ったんだけど、なかなか口を割らなくって。酔わせて聞き出そうとしたら……」
「話し出す前にダウンしちゃったのよ。寝不足か、疲れていたのか。最初から、体調があまりよくなかったんじゃないかしらね」
京子ママの視線の先には、福山さんの膝枕で横たわる意外な人物がいた。
「さ、くや……?」