意地悪な副社長との素直な恋の始め方
気が抜けたような、嬉しさを隠しきれないような、素直な笑みを向けられて、胸がぎゅううぅっと引き絞られるように痛んだ。
撮りたい、という気持ちより、抱きしめたい、という気持ちの方が勝り、そんな恋愛モードMAXの自分に引く。
(だ、抱きしめたいって……痴女じゃないの!)
「ほら、さっさと起き上がって、一緒に帰れよ」
福山さんによって、強制的に頭を持ち上げられ、座らされた朔哉はしかし、笑みを消して俯く。
「帰らない」
「は? 何を……」
「偲月が帰って来ないから、帰らない」
「何をわけのわからないことを……」
「帰らない!」
子どものように、帰らないと言い張る朔哉に、福山さんはお手上げだとわたしに目で訴える。
シゲオは、そんな朔哉の様子を見て、わたしの耳に囁いた。
「偲月。取り敢えず、今夜は一緒に帰るって言いなさい。でないと、福山さんと京子ママに迷惑だし、大企業の副社長がお店で泥酔なんて、あまりよろしくないわ。ひとりにするのも心配でしょ?」
「うん……」
いまのところ、朔哉の顔色は普通で、具合も悪そうではないけれど、時間が経って真夜中に具合が悪くなることもあり得るし、部屋の中で転んで怪我をしたりするかもしれない。
「朔哉。帰るよ」
「……どこへ?」
じっとわたしを見つめる黒い瞳には、強情さと心細さ、不安と期待が入れ替わり、立ち替わり過る。
「朔哉の家に決まってるでしょ?」
「偲月も帰るのか?」
「そう」
「帰るだけ?」
「え、や、泊まるけど?」
「泊まる? 朝までいるってことか?」
「いるけど?」
「……本当に?」