意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「ここから、チャペルに行けるんだ」
いまさら考えてもしかたのない「もしも」に気を取られ、ぼーっとして先を行く流星を追いかけている間に、宿泊棟の最奥にある階段まで来ていた。
「チャペル……? チャペルって、独立した建物じゃなかった?」
「実は、地下通路で繋がっている」
「秘密の通路ね! 何だかワクワクするわぁ」
シゲオがはしゃぐ気持ちも、わからなくもない。
地下通路への入り口は、普段は見えないよう扉が閉ざされているが、ひとたび開ければ石造りの階段が現れる。
「リニューアルオープン後は、秋冬のウエディングにも力を入れるというから、この通路も重宝することになるだろうな」
「仕事によっては、六、七月が繁忙期という人だっているわよね。秋や冬だからこそ楽しめるドレスやメイク、演出があるとなれば、そっちを選ぶ人は少なくないんじゃないかしら? アンタはどのシーズンに結婚式したいの? 偲月」
「え? わたしは、べつにいつでも。したい時、できる時にすればいいと思うけど……べつにしなくても、それはそれでいいような」
思ったままを答えたら、シゲオは不満げな目を向ける。
「憧れとか、夢とかないのっ!?」
「ない、かも」
もし、結婚式をすることになって、ウエディングドレスを着るならば、ぜひ『Claire』のドレスを着たいとは思う。
でも、「どうしても結婚式をしたい!」とは思っていなかった。
そもそも「結婚式」どころか「結婚生活」や「家庭」がどんなものなのかもよくわかっていないのだ。
身近にいた母は恋多き女。短いスパンで父親や父親候補が入れ替わり、夫婦の絆、家族の絆の存在を感じる暇がなかった。
父親がいて、母親がいて、兄妹や幼馴染、ペットなんかもいて……そんな絵に描いたような暮らしは、マンガや映画、ドラマの中だけのもの。そんな風に思っていた。
夕城家の一員だった一年間が、唯一「家族」がいたと言える期間かもしれない。
それすらも、わたしが朔哉とセフレになったことで、母の離婚で、結局はあっという間に崩れ去ってしまったけれど……。
「ねえ、シゲオ。結婚って……そんなにいいものなの?」
「……は?」