意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「ごめん、朔哉。ちょっとだけいい?」
「どうしたんだ? 偲月」
偲月は、後ろ手でドアを閉めると、母から借りたのだと思われる、フリルがたっぷりついたピンク色のエプロン(父の趣味だろう)の裾を握りしめ、はにかんだ笑みを浮かべた。
「えっと……お礼言ってなかったな、と思って。マカロンのケーキ、ありがとう。みんなで食べさせてもらった。それと、マカロンのクッションも。美味しそうで、触り心地がよくて、すごく癒される。千陽と一緒にお昼寝するとき、使わせてもらうね?」
「アクセサリー類はまだダメだろうと思って、芽依と選んだんだ。大したものじゃなくて、悪い」
「ううん。朔哉がくれるものなら、何だって嬉しいし」
モデルを務める上で、ハイブランドの服や靴、鞄やアクセサリーに触れる偲月だが、喜ぶポイントは変わらず庶民だ。
大好物のマカロンで喜ぶのは当然だが、コンビニのチョコレートでも喜ぶ。
高級フレンチを美味しそうに食べる一方で、屋台のラーメンも美味しそうに食べる。
洒落たバーのカクテルと同じように、居酒屋のビールを楽しむ。
ささいなことにも喜び、幸せを感じられるのは、ひとつの才能だ。
偲月を喜ばせるのは難しいことではないが、たまにはワガママも言ってほしいと思う。
「明日は、千陽を母さんたちに預けて、出かけよう」
「え? いいの?」
「一日遅れだが、誕生日祝いだ。プランは立てたが、偲月が行きたいところがあるなら、そっちにしよう」
「それなら……朔哉に見せたいものがあるんだけど、せっかく立ててくれたプランを変えたくないから、あとでちょっとだけ出かけてもいい? 二時間もあれば、行って帰って来られるところだから。千陽は、授乳して寝かせれば、たぶん朝まで起きないし」
「それはかまわないが……」
「じゃあ、決まり!」
嬉しそうに笑った顔に、ついキスをしたくなって抱き寄せると目を見開く。
その顔は、千陽にそっくりだったが、泣き叫んだりはしなかった。
ゆっくり、じっくり、味わうようにその唇を食み、腕の中に収まる身体の柔らかさを堪能する。
このまま一緒にバスルームへ連れ込みたいところだが、ここは自宅ではないし、一度始めてしまったら、たぶんベッドへ行かなくては気が済まなくなる。
偲月が首に回した腕をしかたなく引き剥がした。
「……続きは、あとだ」
「……う、ん」
頷いたものの、その表情は不満げだ。
「それとも……ここでシたいのか? 俺はそれでもかまわないが」
「し、シたくないっ! 朔哉のバカっ!」
顔を真っ赤にした偲月は、ギッとこちらをひと睨みするとバスルームを飛び出していった。
相変わらず、期待を裏切らないその反応に、笑みがこぼれる。