意地悪な副社長との素直な恋の始め方
朔哉の剣幕に気圧されて、しどろもどろになるわたしを見かねた福山さんが、説明を買って出た。
「彼女、男と駆け落ちしたルームメイトに全財産持ち逃げされたんだよ」
「……持ち逃げ?」
「貯金もない、クレジットカードも限度額までキャッシングされている。でも、家賃や光熱水費の支払いは二日後に迫っていて、待ってはくれない。そこに、給料を前借できると言われたら、俺だって京子ママの厚意をありがたく頂戴するね」
話を聞くなり、朔哉はますます険悪な表情になる。
「どうしてすぐ、俺に連絡しなかったんだっ!」
「だ、だって、そういう、関係じゃ……ない、し。言う必要なんかな……い……」
「必要ない、だと?」
いますぐ締め殺したいと言わんばかりにこちらを睨む黒い瞳には、怒りが渦巻いている。
これほどまでに怒っている朔哉を見るのは、初めてだった。
「いくらだ?」
「え?」
「前借したのは、いくらだ?」
「じ、十五万……えん」
深々と溜息を吐いた朔哉は、京子ママに向き直るとごく当たり前のように要求した。
「いますぐ、十五万円の請求書を用意してくれ」
「さ、朔哉!?」
何を言い出すのだと驚き、慌てるわたしをよそに、京子ママはにっこり笑って問い返した。
「何の代金として、でしょうか?」
「偲月が前借した分だ。俺が支払う。金輪際、偲月をここでは働かせない」
京子ママは、満面の笑みを維持したまま、ぴしゃりと朔哉の要望を撥ねつけた。
「そういうことでしたら、申し訳ありませんがお断りいたします」
「どうしてだ? 金を払うと言ってるのに、断るなんてあり得ないだろう!」
朔哉は爆発寸前の様相で問い詰めるが、京子ママは毅然とした態度を崩さない。
「うちのお店では、お酒や楽しい会話、くつろぎの時間は売っていますが、スタッフは売っておりません。そもそも、たとえあなたが十五万円を払ったとしても、偲月ちゃんがイヤだと言えば、ここから彼女を連れ出すことはできないんですよ。そんなこともわからないなんて。札束で頬を叩くような真似する前に、言うべきこと、訊くべきことがあるでしょう?」
「…………」
朔哉は、顔を強張らせて黙り込む。
福山さんは、この展開をすっかり面白がってニヤニヤしていたが、友人の窮状を見捨てることはできなかったらしい。
笑ってはいるけれど、おそらく激怒している京子ママを宥めるように、口を添えた。