仮面の貴公子は不器用令嬢に愛を乞う
ゆっくりと開かれたドアの向こう。
部屋の中にはベッドとテーブルとソファー、窓際にデスクとチェストが並んでいた。
その中央で存在感を出していたのはイーゼルとキャンバス、そして辺りに散らばったスケッチや絵の具の数々。
「絵?」
「そう、家に帰らずこっそりここで絵を描いていた」
ふたりでその絵の前に立つとフローラは目を見張った。
「素敵!……これ、私ですか?」
「ああ」
まだ描きかけの絵の中には凛とした佇まいの亜麻色の髪の乙女が描かれていた。
グリーンの瞳、凛とした中にもかわいらしい微笑みはなにかを愛おし気に見つめているよう。
フローラだとすぐにわかるその卓越した出来映えに感嘆のため息が零れる。
皇帝が懐かしそうに目を細めた。
「ほお、素晴らしい。お前の絵を久しぶりに見たな。左手で描いているのか?」
「いえ、やはり左手では思うように書けなくて右手で」
「え?」
「ユーリスは元々は右利きだったからな。火傷のせいで右手が不自由になって左利きになったが、あれ以来絵も彫刻も作らなくなったな」
ユーリスは元々将来は芸術家になるのではと期待されたほど素晴らしい作品を作っていた。
それがぴたりとやめてしまったのはやはりあの火事のせい。左利きに直すのにも相当努力が必要で、それ以来作る気が起きなかった。
著名な美術収集家たちには随分と惜しまれていたがユーリスは特に後悔しているわけでもなかった。
「もう昔のようには作れないので、趣味でやっていただけなのできっぱりやめていた」
「そうだったんですか」
「右手でも筆を持つ感覚を忘れたようでなかなか上手くは描けず少しイライラしていた。だからフローラにはよそよそしく見えたのかもしれない。不安にさせてすまなかった」
「い、いえ」
< 195 / 202 >

この作品をシェア

pagetop