愛を知らない操り人形と、嘘つきな神様

 ――ああ、解放されたんだ。逃げられたんだ俺は。永遠に解放されたわけではないけれど、つかの間の自由を手にすることができたんだ。

 五年ぶりに。

「大丈夫。地獄は天国になるよ。俺がそう保障してやる」
 阿古羅はそう言って、優しく俺の背中を撫でた。

 俺には、その言葉が本心で言ってる言葉なのかも、俺を貶めるために言っている言葉なのかも分からなかった。

 ――阿古羅と一緒にいれば、本当に地獄は天国になるのか?

 心の中にいる悪魔は、『阿古羅は父親に言われてお前に近づいたんだよ。今まで言ったことは全部詭弁で、お前の一番の弱点を見破るために言った言葉なんだよ。だからそいつと逃げてもよくないことしか起きないぞ』と言っていた。その一方で心の中の天使は『阿古羅を信用してもいいんじゃない? きっと何もかも本心でやってくれているんだよ。大丈夫。地獄は本当に天国になるよ』と言っていた。
 人を信じるのが怖くて、俺はその二つの気持ちで揺らいだ。
 揺らいだけど、阿古羅と暮らしてみようと思った。
 父さんと暮らしたくないなら阿古羅と暮らすのが一番いいと思ったし、スパイかどうかは一緒に暮らす中で判断してもいいんじゃないかと思ったから。

 俺達は阿古羅の家のそばにあるコンビニの前で、タクシーを降りた。

 タクシー代は結局俺の家に寄ったりもしたからか一万円じゃとても足りなくて、阿古羅にも払って貰った。

 母さんの残りの金を使っても良かったんだけど、阿古羅が「俺も払う」って言ったから。
 コンビニで歯ブラシを買って、阿古羅の家に足を進める。

 十階建のマンションの二階の右端にある二○一号室が、阿古羅の部屋だった。

 阿古羅は鞄の中にあった鍵で部屋のドアを開けると、直ぐに靴を脱いで中に入った。
「お邪魔します」
 靴を脱いで、部屋の中に恐る恐る足を踏み入れる。

 中に入ると、玄関の隣にあるキッチンがすぐに目に入った。
 キッチンはガスコンロも、調味料が入っている棚も、食器もすごく綺麗だった。
 その綺麗さは料理をしてないから綺麗なのではなく、常日頃から料理をしているから、日常的に掃除をしている感じの綺麗さだった。
 阿古羅って綺麗好きなんだな。
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