あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています~


いきなり樹から言われた言葉は、和花の想像を超えていた。

「あなたは……子どもがいるだけの理由で?」
「結婚するには、十分な理由だろう」
 
和花はまだ、玲生が樹の子だとは伝えていない。
ふたりは何年も会っていなかったというのに、樹は子どもの存在だけで結婚を決めたのだろうか。

和花は『愛している』のひと言もなく、結婚を口にする樹が信じられない。

(樹さんは、子どものためにだけ結婚するって言うの?)

『結婚する』と言えば私が喜ぶと思われているのかと、悔し涙が出そうになった。

「帰ってください。今日は帰って!」

和花が突き放すように言うと、樹がいきなり立ち上がって和花を抱きしめてきた。

「和花」

樹の体温。幅広い胸。逞しい腕。
和花は樹に抱きしめられた瞬間、すべてを思い出してしまった。

彼と別れてから男の人と付き合ってはいない。
だから最後に和花を抱きしめた人は樹で、今また彼の力強い腕の中にいる。
和花の身体は喜びで震えてしまい、さっきまでの憤りが嘘のように流されていく。

(いけない。このまま彼を受け入れたら、同じことの繰り返しだ)

樹の言葉に流されてしまったら、また辛い思いをするかもしれない。
彼は子どものために結婚しようとしているのだから、なにか不都合があったらまた切り捨てられるかもしれない。

父のことで何度も何度も樹と連絡をとろうとした時の悲しさが、和花の胸にわき上がってきた。




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