あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています~



***



樹の職業は弁護士だけあって、様々な手続きに詳しいし長けている。
彼はあっという間に、和花との婚姻届けを出して玲生の父親になった。

和花は、樹に言われるまま書類にサインをしただけだ。
樹の手際のよい仕事ぶりを、ぼんやりと眺めていた。

もはや、和花は深く考えることを放棄していた。
玲生の表情を見てしまったら、どんなに『パパ』が必要だったかわかってしまったのだ。

『君のパパだよ』と樹が告げた瞬間、玲生は輝くような笑顔を見せてギュッと『パパ』にしがみついた。
何度も何度も樹を『パパ』と呼びながら甘えていた。

好きなおもちゃにはいつか飽きてしまうかもしれないが『パパ』は玲生の中で別格なのだろう。

樹は婚姻届けを提出した日から、仕事帰りに和花の部屋を訪ねてくるようになった。
玲生は『パパ』が自分たちの部屋に来るのが待ちきれないようで、夕方になるとソワソワし始める。
玲生の『パパ』は、ほんの少しの時間を一緒に過ごしただけで自分のマンションへ帰っていく。
玲生は世間の『パパ』を知らないから、今の生活を受け入れているのだろう。 

(これは、なんて呼べばいい関係なんだろう)

便宜上の結婚なのか、形だけの家族なのか、和花は言葉が見つからない。
ただ玲生のためだけにこの状態を受け入れていた。


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