あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています~
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樹はビールをひと息で飲み干した。
ホテルではほとんど飲んでいなっかったから、今はアルコールの力を借りたかった。
「いつも、あのドクターが診てくれるのかい?」
「ええ、とってもいい先生ですから。」
「そうか」
ビールの味だけではない、もっとほろ苦いものを一緒に飲み込んだ気分だ。
(嫉妬しているのかもしれないな)
玲生の病状に拘ったのは、自分よりわが子について詳しい存在がいることが悔しかったからだ。
失った時間は取り戻せないが、今ならまだ埋められる気がしていた。
「和花が急に会場からいなくなったから心配したんだ。急いで帰ってきてもこの部屋に誰もいないし」
「そう? 莉里さんに伝言を頼んだんですけど」
和花は樹がこの部屋に泊まると言ってから、気を張りつめているようだ。
素っ気ない言葉でしか返事をしない。
「きっと忘れたんだな」
「秘書の方に頼んだ方が良かったかしら?」
「秘書?」
和花にしては、どこか暗いトーンの声で棘のある言い方だ。
樹が隣に座っている和花の顔をそっと伺うと、いつもより青ざめていた。
「佐竹さんっておっしゃる方が、わざわざ挨拶に来られたわ」
「佐竹が君に?」
「ええ」
佐竹がなにを和花に言ったのか気になった。和花の様子がいつもと違うのは佐竹との会話のせいだろうか。
「佐竹がなにを言ったかわからないが、気にしないでくれ」
『気にするな』と言われて、和花は思わず樹の話を遮ってしまった。
「樹さんは、私をなんだと思っているの?」
「和花?」
「私は人形じゃない。ひとりの人間で、母親なの。ちゃんと感情があるの」
和花が感情的になったのを見たことがなかった樹は驚いた。
「酷い言葉には傷つくし、誤解されたら悲しいの。それに、間違ったことを噂されたら腹も立つわ」
「今夜、佐竹になにを言われたんだ?」
ここまで和花が言うからには、かなり酷いことを言われたのだろう。
「玲生は誰の子なんだって言われたわ」
「まさか⁉」
単なる噂話なら放っておけばいいかと思ったが、あからさまに和花を攻撃することは許せない。