あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています~
***
樹は仕事の合間やふとした時に、何度も思い返している。
(いったいどこで間違えてしまったのだろう)
彼は祖父の代から続く『武中法律事務所』の後継ぎとして生まれた。
幼い頃から祖父に連れられて事務所に行き、そこで遊んだ記憶がある。
祖父は偉ぶったところのない気さくな人で、近所の人たちから頼りにされている庶民派の弁護士だった。
だが、樹の父が主導権を握り始めたら事務所の雰囲気は一変した。
父は都内の一等地に事務所を構え、大企業の顧問弁護士を引き受けたり政治家を相手に仕事をしたりするようになっていった。
専業主婦だったはずの母まで家にいることより仕事を選び、事務所の会計を受け持って働き始めた。
名誉欲に捉われたふたりに嫌気がさしたのか、祖父は商店街の近くに小さな個人事務所を持った。
そこで亡くなるまで下町の人たちの困りごとを解決する道を選んだのだ。
自分が弁護士として目指すのはどちらの道なのか、樹はずっと決めかねていた。
大学生になってからも両親はあれこれ干渉してくるし、事務所を継げと煩く言われる。
反抗するのは簡単だが、迷っている自分自身にもどかしさを感じてイライラした気分で毎日を過ごしていた。
弟の友人の和花と偶然出会ったのは、その頃だった。