あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています~


今の樹には仕事しかない。
今年になって、樹は医薬品の副作用による訴訟に臨むことになった。
その関係で、同じ薬品で問題が起きたアメリカやイギリスの状況を調査する必要があった。

ロンドンの医療現場もいくつか回って、医師や患者から詳しく話を聞かなければならない。
かなりタイトなスケジュールになってしまったが、同行している井上が予想以上に優秀で助かっていた。

最近の樹はこの医療訴訟だけでなく、井上が体調を心配するほど案件を抱えていた。
樹は余裕なく働くことで、和花への想いを紛らわせていたのだ。

夕方になって、やっと医療センターでの調査を終えたふたりはホッとしていた。

「さて、どこかで食事にしようか」

「だったら、帰り道だしノッティングヒルに行きませんか? メキシコ風レストランとか、アイリッシュパブがあるらしいんです」

樹に付き合わせて忙しい思いをさせた井上にも休憩が必要だろう。
樹はタクシーを彼が行きたがっているノッティングヒルの方角へと走らせた。

その辺りは若い人に人気の店が立ち並んでいるらしい。
自由な雰囲気で溢れているポートベロー通りが近づいたところで、樹は信じられないものを見た。

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