あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています~
莉里は、絵画よりアンティークが気に入った様子だ。
「ステキだわ~」
画廊よりも興味があるのか、フラフラと隣のアンティークショップに入って行きそうになっている。
「井上、捕まえとけ。まず所長の代わりにオーナーに挨拶させろ」
「了解です。でも、オーナーってどこにいらっしゃるんでしょう」
画廊の中は、多くの客で溢れている。
気が付けばテープカットも終わり、招待客にはドリンクが振舞われていた。
「あそこかな? 螺旋階段の下に人が集まっているから行ってみよう」
井上が莉里の手を取って、はぐれないでくださいと念を押しながら連れて来た。
「莉里さん、まずオーナーにキチンとお祝いを言ってください」
「はあい」
こういった場は初めてなのか、莉里は興奮気味だ。
樹は改めて、井上にしっかりしろとアイコンタクトを送っておいた。
ここ数年、樹は人の多い場所、特に絵に関する場所は避けてきた。
奥村家と自分の過去を知っている人物がいるかも知れないと思うと、どうしても億劫になるのだ。
贋作事件や和花との別れを詮索されたくないし、マスコミは興味本位で探ってくるかもしれないから痛くもないが腹の探り合いは面倒だ。
(この店のオーナーは、どういう背景を持つ人物なんだろう)
銀座に店を構えるほどの財力がある上にオープニングパーティーの顔ぶれは幅広いから、政財界から芸能人まで繋がりがあるのだろう。
井上たちと混雑する奥のスペースに進むと、客に囲まれた女性の後ろ姿がチラリと見えた。
(珍しいな。女性オーナーか)
栗色の髪をシニヨンにまとめて、濃紺のオーガンジーのワンピースを着ている。
ビーズの刺繍がレトロな雰囲気で、アンティークドレスだと一目でわかった。
「ステキなドレスですねえ!」
莉里が無遠慮なほど大きな声で、ドレスを褒めた。井上も止められなかったのか焦っている。
目上の女性にいきなり声を掛けるのは失礼な行為だ。
莉里の声に、女性オーナーが振り向いた。