あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています~
「まあ、ありがとう」
振り向きざまに、笑顔で答えた女性は和花だった。樹は息が止まるかと思った。
だが、樹の方を見ない。
樹を無視しているのか目に入っていないのか、声を掛けた莉里だけに顔を向けて話している。
「アンティークドレスも扱いますので、よろしくお願いしますね」
「わあ~! 私、前からアンティークの服って着て見たかったんです!」
「莉里さん、お祝いのご挨拶してください」
井上が、莉里に小声で注意した。
「あ、ごめんなさい。本日は、えっと……おめでとうございます!」
「ありがとうございます。あなたのお名前は?」
「はいっ! 水河莉里と言います。父の代わりに、ご、ご挨拶に伺いました」
莉里はもう舞いがってしまって、なにを言っているのかわかっていないようだ。
「水河さん?」
上品に小首を傾げた和花は、隣に立っていた背の高い細身の男性の方を見た。
「弁護士の、水河先生のお嬢さまですね?」
男性が確認するように、莉里に尋ねた。穏やかな低い声だ。
「はい! そうです!」
「どうぞ、お父様に宜しくお伝え下さいませ」
和花は周りにいた人たちから感嘆の声が上がるほどの優雅な微笑みを莉里に向けている。
樹は茫然とその姿を見つめていたのだが、和花は別の客の方へ挨拶に行ってしまった。
「ステキな方ですねえ~」
莉里はすっかりアンティークショップと女主人のファンになったようだ。
挨拶がすんだから帰ろうと促したが、莉里はその場を離れない。
仕方なく井上に莉里を任せて、樹は壁際に移動した。