あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています~
和花が接客しているうちに、いつの間にか樹は姿を消していた。
(もう帰ったのかしら)
緊張していただけに、拍子抜けした気分だ。
(あれから何年も経っているから、樹さんには恋人がいるはず)
佐絵子からは樹のことはなにも聞いていないので、彼が独身なのか既婚者なのかわからない。
(ううん、結婚しているかも……)
こんなに早く彼と再会するとは想定していなかったので、玲生の存在を隠し通さなければという気持ちだけが強くなっていた。
もし彼に妻や子がいるとしたら、なおさら秘密にしなければと思う。
(佐絵子は玲生のことを樹さんに話してないって言ってたし)
ロンドンでの生活が落ち着いてから、和花は親友の佐絵子とだけは連絡を取りあってきた。
『和花が元気でいてくれたらそれでいい。時々、生存確認だけお願いね』
黙って海外へ行った和花を責めもせず、佐絵子は受け入れてくれたのだ。
この四年、約束通り佐絵子にだけメールやカードを送ってきた。
佐絵子は長かった春に終止符を打って正式に大翔と入籍していた。
美術教師を辞めて、今や売れっ子になった大翔のプロダクションで事務管理をしているという。
赤ちゃんを産んだことだけは佐絵子に伝えていたが、父親については触れていない。
だが、佐絵子も察していることだろう。
佐絵子に『これからは、ずっと日本にいるから』と連絡すると大喜びだったし、和花と玲生が住むことにしている画廊のビルまで来てくれた時は、玲生を見るなりワンワンと泣き出して『よく頑張ったね』と和花を抱きしめてくれた。
ミニカーを持って遊んでいた玲生は、驚きすぎたのかポカンとしていたほどだ。
『和花によく似て、可愛いわ~』
佐絵子は気を遣ってそう言ってくれたけれど、玲生は樹にそっくりだ。
父親は誰かあえて話してはいないけれど、佐絵子は確信したはずだ。