あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています~
アンティークショップでの仕事に加えて玲生の通院が増え、和花は慌しい毎日を送っていた。
クリニックへ通っているうちに玲生はすっかり後藤に懐いて、和花がそばにいなくても嫌がらずに吸入を受けるようになっていた。
後藤は、シッターの高原の子を診ていた頃はまだ後期研修医だったらしい。
年齢的には岸本晃大と同じくらいで、独身だというが正確にはバツイチらしい。
後藤の実家は古くから続いている内科医の家系で、兄が病院を継いだために彼は独立したそうだ。
「とてもいい方なんですよ。自分のことより患者さんのことばっかり考えてしまうんです」
高原は後藤を尊敬しているらしく、いつもベタ褒めだ。
優しくて家柄のいい医師なのに、彼が離婚したのはどうやらプライベートより仕事を優先したからのようだ。
妻は彼を独占したかったのだろうと高原は話していた。
和花にも少しだけ妻の気持ちがわかるような気がする。
大好きな人に、自分を一番大切にして欲しいと願うのはいけないことなのだろうか。
どうやら結婚生活は、和花が思っている以上に複雑なものらしい。
***
その日も午後の診察時間に間に合うように、和花は玲生を連れてクリニックへ行く準備していた。
すると、アンティークショップから内線で連絡が入った。
『お客様がお見えです。オーナーとの面会をご希望の方ですが、いかがいたしましょう』
「今日は、アポはなかったはずですね」
『はい。約束のないお客様です』
和花はモニターで確かめた。すると女性が多い店内に、珍しく男性が見えた。
(もしかしたら、あのシルエットは……)
背の高いスラリとしたスーツ姿を見て、急に和花は胸騒ぎがしてきた。
「お名前は?」
『弁護士の武中樹様とおっしゃっています』
「そう」
とうとう、樹がやってきた。
「私、どうしても出掛けなくちゃいけないの。今日は画廊に岸本さんがいらっしゃるから応対をお願いしてください」
『わかりました。一足違いでお出掛けになったということにしておきます』
「よろしくお願いします」