あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています~
相変わらずメガネの奥の目は優し気に細められているが、その声は太くて力強い。
「親御さんがそろっているから子どもが幸せだって、決めつけないでください」
「後藤先生」
「どんな状況でも生き抜いていける子に、玲生くんを育てていきましょうよ」
後藤の言葉は、ストンと和花の心に染みてきた。
「お母さんひとりでも玲生くんが幸せなのが一番ですし、お子さんにとってお母さんが笑顔でいてくれるのが一番の幸せかもしれませんよ」
「はい。そうですよね」
和花の目の前を覆っていた霧が少しずつだが晴れていくような気がする。
「ありがとうございます。私、考え過ぎて迷子になっていました」
「和花さんには相談にのってくれる人が沢山いるじゃないですか。みなさん話を聞いてくれますよ」
後藤はひとりで抱え込むなと言いたいらしい。
「ええ。本当にありがたいです」
「でも、和花さんからは助けを求めないんでしょうね」
「そんなことは……」
和花は誤魔化したが、彼女の性格ではなかなか弱音が吐けないことを後藤は見抜いているのだろう。
「大丈夫。玲生くんが大きくなって、医学的に説明が必要な状況になったら僕が責任もって性教育しますから」
後藤は何年も先のことを言って、和花を真っ赤にさせている。
「まあ! いつかはそんな日がくるんですね」
「そうですよ。あっという間ですから覚悟しておいてくださいね」
ふたりで笑っていたら、玲生が処置室から出てきた。後藤ドクターの姿を見ると喜んで抱きついている。
「ドクター、ダッコして!」
「ダメだよ、玲生。ドクターはお仕事中なの」
「大丈夫だよ、そこまで一緒に行こう。先生はコーヒー買いに行きたいんだ」
「わあい」
後藤が受付の女性に目配せすると、今は待っている患者さんがいないので頷いている。
後藤が玲生の手を引いてくれて、先にクリニックから外に出ていった。
和花が申し訳なくて受付の女性に謝ると「先生にも息抜きが必要ですからね」と笑ってくれた。