白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
(やっぱり、忘れるなんて無理だったの)

 ようやく気がついた。

 無理に忘れようとするから心が拒絶して痛むのだ。

 それならばいっそ、クロードへの恋心を秘めたままダヴィッドの元へと嫁げばいい。ダヴィッドも最初からそう言ってくれていたではないか。


 もう一人のロゼリエッタが忘れたくないと泣くから、忘れられないのは甘えだと思っていた。

 否、実際に甘えではあるのだろう。

 だけど、忘れられなくていつまでも引き摺り続けるよりは、開き直って心の片隅に置く方がまだ前向きに思えた。周りの人たちだって、簡単に忘れられることではないと理解しているから妥協案を出してくれているのだ。


 クロードを忘れないことは、ダヴィッドへの裏切りじゃない。


 ロゼリエッタはゆっくりと上半身を起こした。

 人が動く気配を察してシェイドが目を開けてしまうかもしれない。

 でも、その時はその時だ。シェイドが起きた時に苦しい言い訳を並べたらいい。

(最後まで私を見捨てて下さったら良かったのに)

 手を伸ばし、黒い髪にそっと触れる。

 やっぱり金色の髪の方が似合っていて好きだけれど、過去を切り捨てる為に彼自身が黒く塗りつぶすことを選んだのならロゼリエッタは受け入れるしかない。だけどロゼリエッタの心は、ロゼリエッタのものだ。


 ロゼリエッタは胸元に手を引き戻した。

 頬や指先にも触れたかったけれど、さすがに起こしてしまうだろう。まだ、ここに居て欲しい。だから触れなかった。


 触れた髪の感触をずっと忘れないように握り込む。

 そうして小さなエメラルドのように輝く初恋の思い出を大切に胸にしまい込み、かけられずにいた鍵をかけた。

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